断線痕、回復跡


断線痕 - 回復跡


「ああはいはいさようなら」

気の抜けた声を流していた通話を、ぶちっと切った。
そのまま電源ボタンを長押し、電源ごとぶった切る。

あったかわからない絆ももう此処で切った、切り捨てた! はい満足!
無駄に明るい声の調子を作って、そして心の中でしっかり全身へ叫んだ。そう思うように。
俺は決別したんだ。


目元にじわじわとこみ上げてくる熱は、なかったことにした。
理由がない。これが流れる理由は自分は持っていない。

今回のことで、清々したんだ。
それに喜びこそすれ、悲しくなどなるもんか。
今までぐだぐだと続いた、…一方的に俺が続けてきたものが、ようやく切れたのに。

もう待たなくていいし、もう胸は痛むことはない。
もう眠れなくなることもなければ、もう人目を気にすることも。

待っていることは良いこと尽くし。
ほらみろ良いことばっかりだ! わあうれしい!


約二時間暖めたベンチから腰を上げる。
あからさまな空元気が空しくなる前に、帰ろう。
いつまでも此処に留まったままだと、未練がましいみたいだ。
そんな馬鹿馬鹿しいことがあるか。俺はそんなんじゃない。

早く帰ろう。
一歩を踏み出せともう一度、全身へ唱える。
こんな場所、早く動いてしまおう、立ち去ってしまおう。
踏みとどまったところで、時計の針が回って行くだけだ。

帰る途中に久しく立ち寄っていないゲームセンターでも寄ろうかな、なんて頭を掻いた。
出発前にわざわざ余裕を確認した財布の中身を、パーッと使いきりたい。
浮かれていた馬鹿次いでに、浪費家にもなってしまおうかな、今日は。
そろそろ秋服の時期だから、そっちを見に行ってもいいかもしれない。

お気に入りの店を、ゲームセンターに立ち寄る前段階に据え置いた。
他はどこへ寄っていこうかな。此処まで出てきたついでだ、何か見て帰ろう。
帰り道と、今までに良いなと思った場所を頭に並べて、今からの行動計画を練っていく。一人で。

…一人で。


何をしたいという明確な意思を持っていたわけではなかった。
二人である必要がある予定、なんてものはなく、それこそ何をしなくとも恐らく自分は満足できた。
来てくれたら、それで満足だった。

相手の存在が、まず定かでなかった。
待ち合わせから先をいくら計画立てたところで、シミュレーションを重ねたところで。
相手がその場へ来なければ全ておじゃんだ。

無駄な労力。
そこに費やしたものは、全く意味がない時間に変わり果てる。
むしろ、自分と相手の想いの違いをまざまざと突きつけてきた。
夢でしかないことを思い知らされて、果ては妄想も甚だしいと感じた。

二人の計画など、立てるだけ馬鹿なんだ。
待ち合わせ時間に、指定した場所で会う。
そんな簡単な第一段階の突破も、ついに出来ないまま終わる。


ため息と一緒に、うっかり瞼からボロッと落ちそうになって、顔を上へ向ける。
溢してたまるかと顔に力を込めて、ペースを弱めていた足を元の速さで動かした。

歩く左右からは、ひそひそとした声が聞こえた。
囁く声、喋る声、笑う声は自分へ向いて混ざり合い、恥を誘う。
それらはいつもなら多少気分を害すけれど、今は特に何も思わなかった。

今の自分が酷くみっともないことは、ちゃんと自覚している。
だから仕方ないのだと割りきった、笑われたって仕方ない。


ずんずん待ち合わせ時間の三十分前、今から二時間三十分に通った道を逆戻り。
此処から一番近い雑貨屋にまず寄っていこう。

新品の入荷が遅いあの店でも、もうそろそろ秋物の鞄は出しているだろう。
今使っている爽やかな夏仕様の鞄は、気に入ってはいても、秋冬には使いづらい。


似合ってる、なんて言った顔を思い出した。
なんてこと無い会話の一部で、飛び出た誉め言葉。
確か、やっぱりあの雑貨屋でこのボーダーに惚れて買ったんだとこの鞄を自慢した時のこと。

…この鞄は、早く買い換えてしまおう。心機一転を心がけよう。
残っていた恋心が、きらきらした記憶にうっかり抉られた。
すっぱり終わらせた俺にこんな思い出なんかいるか、くそやろう。


毒づいた心のまま、今更に、落としていた携帯の電源をいれる。
ただ電源を切っただけでは、終わりとして物足りない。

即座に着信拒否作業。何もかかってきた痕跡が現れないものに、必要ない作業かもしれなくとも。
何かしら期待していたらしい心がそのことにダメージを受けたが、期待していたのが悪いと叱る。

「ちくしょう」

呟いた。自分へ呟いた。
此処で終わったんだ、終わらせたんだ。
開く前から携帯に落ちていた涙は、いらないんだ。
過去を惜しんで流すものなんか、なくて良いはずだ。

でも、鞄で思い出した彼の顔に、涙腺は壊れる。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。悔しいよ、俺は。


拒否登録の終わった携帯を閉じて、握りしめる。
連絡があった時に、終わっただろと告げる勇気がない。
着信拒否をしても、アドレス帳から名前を消すことが出来ない。
どれだけ思っているんだなんて、誰かに罵って欲しいほどの馬鹿だった。

でも、諦めると決めた。今回も来ないなら、この先続けても同じ。
望みがないことを知っていても、でも次は、とつい縋ってしまう。
その心へ、しっかりと区切りをつけると決めただろと言い聞かせた。

此処で自分の決意を裏切っても、状況が好転することはない。
変わらないままの平行線しか、俺たちにはない。
今まで来なかった、だから、これからも来ない。


直接会う以外、ほぼ何のアクションも返って来ない相手。
会おうと言って、学校以外でなかなか会えない相手。
うん、なんて頷きだけで俺の告白受け流しやがって。

だけど、それでも良いなんて思わせる容姿と性格と。
こんな些細なことで折れるくらいなら、同性という時点で諦めてる。


でも結局は、俺ばっかり、好きだったんだなあ。


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