新生活はじめました!



「好きです。付き合ってください!」

春の終わり。葉桜もそろそろ終わる頃だ。
そんな朗らかな時期、勢いだけを大事に頭を下げた。
よくあるドラマみたく、右手をただまっすぐ差し出す。
こうして告げている心の内とは、全くの正反対だけど。

傾いた夕日が、校舎裏の二人の影を大きく伸ばす。
地面だけ見える視界じゃ、その影が唯一相手の動きを知る術だ。


未だ、相手は微動だにしていない。
動転しているんだろうか。手はそのままに想像する。

ちょっと、なんて要領を得ないお呼び出しからの、告白。
そんな状況は、俺だって混乱する。もしくは、逃げる。
ただ、今逃げられたのではとても困るのだけれど。

吹奏楽部の音だしが、屋外でも聞こえてくる。
普段なら、目の前の人物もこの中の一つだった。
それをわざわざ此処へ引き抜いたのは、自分に違いない。


それもこれも。
姿勢を崩さないよう、じっと影で相手の様子を伺う。
困惑しているだろうか、少しくらい余裕は崩せただろうか。

これは、ちょっとした悪ふざけだった。
適度に頭が良くて器量良し、ノリも良くてとても優しい。
細かいところに気がつき、不意のアクシデントにも冷静。
目の前の人間は、そんな理想の詰め合わせセットだった。

当然、そんな彼は同じ学年で注目の的だ。
本人がいないにも関わらず、彼は話題に上ることも多い。
ただ単に、俺が輪にいるからそうなるのかもしれないが。


彼は隙がない。いっそ人間離れしている。
あいつが本気で焦るときって、どんなだろうな。
今日、何でもない噂話の中で友人がそう零すほどに。

「……」

そして、こうして挑戦するほどには。
きっと、呟いた友人やらは上から見ているんだろう。
面白さ一番、それでいて非常に単純な作戦の行方を。

この作戦、やはり内容が一番の難産だった。
なにせ今回狙う相手は、真剣な焦り姿を誰も知らない男。
それを焦らせようなんて、生半可なものじゃまず見れない。


だから野郎が揃いも揃ってむさ苦しく唸った、その結果が、今だ。
未だに手は取られず、微動だにせず、俺の背中は夕日に照らされている。

山田が一昨日、同性から告白されなければ今更違ってただろうに。
部活人特有の頼もしさと爽やかさを持った笑顔が、脳裏に浮かぶ。
自分に厳しく他人に優しい彼は、女心だけでなく男心もくすぐったらしい。

そして、ではあの理想セットの焦り心は誰がくすぐれるのか、と話は流れて。
候補に上げられたのは、結局、幼なじみなんて名前を持った俺だった。
気のせい、心なし、若干に、他と俺とでは彼の反応が違う、が理由だ。
自分からしてみれば、大した差ではない程度だと思うけれど。


今思っても、小さい頃から理想セットは変わらなかった。
幼なじみだから暴露話のひとつくらい、なんて振りには毎度困っている。
彼の今と昔は全く微塵も何ら変わりない。どこまでも隙のない男だった。

反対に、己は彼にたくさんの暴露話を持たせている。
優しい彼は、言葉を変えてみれば大層な世話焼きだ。
彼の賢さや気配りの恩恵を、俺以上に受けた人はきっといない。
相手の優れている面を、自分は誰よりも知っている自覚もある。


だから余計、たわいもない悪ふざけをしたくなった。
あの彼が、余裕無く焦ったところを一度見てみたい。
予想外に強い彼は、一体何をすれば戸惑うだろうか。

幼なじみから予想していない思いを告げられたら。


そうした好奇心だけで、彼を盗み見たから。
見下ろす冷ややかな目と、まっすぐにかち合った。


「ふざけてらっしゃる?」


部活のかけ声も音色も、遠ざける声だった。
あくまで明るく、冗談めいた声ではある。
表情だって、口は弧を描いてみせている。

「上からじろじろ見られてるみたいだけどー」

目だけが、異常に冷ややかだった。
初めての彼の様子に、手に汗が滲む。
自分はなんだか地雷を踏み抜いたらしい。

にっこり、夕日に照らされて彼が微笑んだ。
優しく見える表情に、体感温度はどんどん下降する。

「いや、その、ええっと…、そのですね…」
「あっは、何焦ってんの」

この様子はバレているのだと直感で悟る。
思惑は知らないが、この告白劇にきっと彼は気づいている。

好奇心だけで走ったことに、猛烈な後悔が浮かんだ。
上から見ている仲間は、きっとがっかりしているだろう。
まっすぐ見なければ、目さえ見なければ、彼は普段通りだ。

焦った姿なんてどころじゃない、怒っている。
ひしひし感じるこのおぞましさは、それ故だ。
まっすぐに保たせていた手が、徐々に下がっていく。
見下ろす目にもし呆れが、なんて考えると、一気に背筋が凍った。


「す、すいませんでしたあ!」


此処は逃げるしかないだろう。
叫んで、振り返って、校舎へ逃げ帰る。
そのまま家に戻って、仲間に恨み言を吐こう。

決心が脚を早く早く動かせる。
校舎に入ると、降りてきた仲間が囲むがそれどころではない。
蒼白な表情に誰かが気づいたようだが、応えずに走り抜ける。


後ろをはきつぶした上履きで、ばたばた廊下を走った。
階段は二段飛ばしで、早く鞄を取って帰ってしまおう。
家に帰ってしまえばいい。部屋にこもってしまえばいい。

酷い恐怖心が体に染み渡っている。
さっきから、冷や汗が止まらない。
俺は、猛烈に、ヤバいことをしてしまったのではないだろうか。
信頼なんてあったかは知らないけれど、確実に、ヤバいだろう。


誰もいない教室で、置きっ放していた鞄を掴む。
机の中から筆箱を取り出し、あとは弁当。弁当を。
鞄めがけて筆箱を焦って投げながらも、思考する。

がしゃん、なんて音を立てて落ちたのは、その筆箱だ。

「あああもう、こんなときに限って!」

散らばってしまったシャーペンと消しゴムとを拾い集める。
入れっ放していたプリクラが、床に張り付いて取れない。
必死に爪でひっかけようと、かりかり床をかく。

こんなことをしている場合ではない。
頭は必死に、警鐘を鳴らし続けている。
脳裏に蘇っているのは、彼の見放す目。

嫌われただろうか。
ゾッとする未来が浮かんだ。
まだ、プリクラは剥がれない。


「不器用」


それをすっと拾い上げた手。
は、と多少乱れた息が、間近にあった。

「告白の返事まだしてないんで、追っかけてきましたー」

机の影に隠れて、まっすぐに出された不服げな表情。
さっきよりは和らいでいるが、それでもまだ怒りはある。


「すいません俺が悪かったですごめんなさい」


全ての顛末を話す以外、自分に選択肢は無かった。
ことの発端の好奇心から、決まった大雑把な理由まで。
最初から最後まで、彼は頷きこそすれ言葉は何もなかった。

ただ、これが全てだと言い切ったときにため息を漏らした。
膝の上に肘をついて、今度は上目ごしに俺を見る。
何を言われるのか、思わず身構えて背筋を伸ばす。

「おれはお前が憧れるっていったから、頑張ってただけだばーか!」

俺の頭めがけて、勢い良く振りかぶった右手。
手加減はされていただろうが、結構強かった。
思わず頭ごと傾いた体を、右手をついて支える。

「元々じゃん!」
「大きくなってからは努力の賜物! じゃないと無理だろ!」

立ち上がって、彼は偉そうにふんぞり返る。
努力も才能のうちに、含む気もするけれど。
さすがに、今は言い返せる雰囲気ではなかった。


「で、返事だけどな」


彼の清々しい表情は、一足遅れてきた春を告げる。


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