SiGNaL >
第二章第一話 いること も いらないこと で


01 - 02 - 03 - 04


線香の匂いがした。
花がたくさん飾られている。
全く見慣れない場所だった。

この場には人がいて、全員が黒い服を着ていた。
まるで全員がお揃いのように、似た服を着ている。
泣いてる人もいたが、どうしてかは、わからない。

どうして、此処にいるんだっけ。
何か、自分がしたんだろうか。
いや、何もしてない気がする。

何もしなかったから、ーー…。
嫌な事実を思い出す気がして、振り払う。

なぜだか、心臓が苦しかった。
まるで何かに握りつぶされているように。
そしてどうしようもなく、泣きたかった。
我慢できないほど、心臓が痛いわけではないのに。


だから、こっそり逃げる。
どうして逃げる必要あるのかは、理解していない。

何故だろう、全然頭が回らない。
何を考えていいのかもわからない。
思い出したくない。


逃げる途中、誰か懐かしい声がした。
けれど今の自分は走って逃げていて、止まれない。
いろんな人が俺に声をかけたけど、まるで内容はわからない。

名前を呼ばれたのかもしれない。
ただ、頭に言葉は入ってこない。
いつの間にかたどり着いた駐車場のブロックに座った。

風が強く、寒かった。
けれど中には、居たくなかった。
何にも考えたくなかった。
思い出したくなかった。
このままじっとしてればいいような気がした。

気づけば、目の前に涼ちゃんが居て。
顔を上げるまで全然気づかなかった。


「海、大丈夫か…?」


何が、って、聞き返す前にぎゅって。

「泣きてーなら、泣けよ」

頭を撫でられていることに気づく。
涼ちゃんは優しかった、でも嬉しくなかった、何でだろう。

駐車場にあった車は、いつの間にか少なくなってた。
あれ、全然わからなかった、どうしてだろう車は凄く大きい音するのに。
あれ、俺、いつから此処にいたっけ?
なんかあった気がしたけれど、今は全部、わかんない。

頭がぼーっとする。
全部がボーってしている。
なんとなく夢ならいいな、と、思う。

「りょうちゃん」

ただ涼ちゃんの名前を呼んだ。
それだけしか出来なかった。
何か言おうとした。

今まで何をしてたかとか、何があったかとか。
全部、頭の中から抜け出ていく。
嫌なものは、忘れてしまいたい。

落ちる物を戻す力は、もうどこにもない。





「おはよ」

目を開けると、涼ちゃんの顔があった。
その後ろに涼ちゃんの家の天井が見える。

「…おはよう」

いつ、来てたんだろうって考えても全然思い出せなかった。

頭が痛くて、重たい、にぶい、風邪引いたのかな。
頭を抑えながら、起き上がる。

「涼ちゃん?」

知らないうちにギュッてされてた。

いつもはしゃいでそんなことするけど、何故か今は、違うと思った。
なんか、静か、だから、そこが違うのかな。
涼ちゃんはぎゅってしてから、何も言わない。


「かあさんは?」


大体俺がここに来てたら、一緒に来てるのに。
此処じゃなくて涼ちゃんのお母さんとなんか話してるのかな。

頭が痛い、ずきずきがんがんしてきた。

「……」

吃驚した顔で、涼ちゃんが見て来た。
どうしてだろう、何かおかしいこと言ったのかな。


「海」


泣き出しそうな顔で見て来る。

俺、やっぱり変なこと言ったみたいだ。
涼ちゃんに初めて、こんな顔させた。
あ、でも、案外からかわれてるだけかもしれない、涼ちゃんのことだし。


「俺、帰る、よ」


今まで使わせてもらってたっぽい涼ちゃんのベッドを降りる。
母さんは先に帰っちゃったのかもしれない。

此処には居ないと勝手にわかった。


さっきから、ずっと頭がガンガンする。


玄関に行く途中にテレビの画面が見えた。
昨日のクリスマスは楽しく過ごせましたか、って言ってる。

あれ、おかしいな、まだ ……… ?
あれ?
昨日は、何日だったっけ?
ボケてる、っていう奴かな、まだ小学生なのに。


「海、」


思いっきり腕を引っ張られた。

「なに?」
「…お前の、な、母さん…は、」

何でそんなに泣きそうな顔してるの?


「あの、な、」


何でそんなに言い難そうで、悲しそうなの?
かあさんに、何かあった?


『      』


母さんの声が聞こえた。
地面が赤くなっていって、ホラー映画みたいに、周りは暗かった。


「し…んだんだ…」


涼ちゃんの声で、声が聞こえなかった。
何て言ってるんだろう?

「もうその、…、どこにもいねーんだよ」

ごめん、ちょっと黙って、涼ちゃん。
聞こえない、声が聞こえない。

かあさんが、なんか言ってる。
何かの約束なら、思い出さないといけないから。


『にげて』


なんでかあさんそんなこというの?

「あ…、」

ああそっか、そうだ、母さんは。

「涼ちゃん、母さん、」
「海、大丈夫だか、」
「母さんに、刺さってた、」
「…海?」

映像が頭に流れ込む。

「包丁みたいなのが、ささって、」
「海、何言ってんだよ、お前の母さんは、」
「うしろにだれ、」
「車とぶつかったんだろ?」

ずきり。


『条件をやろう』


母さんの後ろに黒い服を着た男の人がいたんだ。
ジャリって砂の音がして、いつの間にか男の人は目の前で。
怖くて早く逃げないと、って思った。

『再び、来る。来る、は、ほか殺さない』

変な日本語だなって思って、その人は指に、小さい赤い石の指輪してた。
きらって光って、ああ綺麗だなって。
おまわりさんがいつの間にか俺の所に来て、何か。


母さんは。


ああそうだ、俺、早く行かなきゃいけないんだ。
此処に居る場合じゃない。


「海?」
「家に帰る、ばいばい」


不安そうな顔をした涼ちゃんを置いて、走った。
急がないと、急がないと誰かが死んじゃう。

そんなの、もう嫌だ。


prev signal page next

PAGE TOP