「偉い偉い」
母さんが倒れてた所に行く途中に、思い出した黒い人が立ってた。
指を見ると、一緒の赤い指輪があったから同じ人。
凄く背、高いなぁ。
俺もこんなにおっきくなりたい。
「やっぱテメェと他の子供、同じ?
気圧されるで、何も、言わない?」
けおされる、って意味がわからなくて、考えてたらデコピンされた。
だからムッとして、睨んで、すぐに目の前の人のこと思い出して直した。
涼ちゃんとか健次相手じゃないんだ、ちゃんとしないと。
「…テメェ、怖いない、ね?」
手が伸びてきて頭に何か、コツ、って堅いのが触れる。
冷たい。
指輪かな?
それより、怖いないってどういう意味なんだろう。
…怖くないってことかな。
「怖い」
それが何のことかとかはわからないし、この人も誰か知らないけど。
でも、父さんほど、嫌じゃない、と思った。
だけど一応怖いって言う、あの時は、怖いって思ってたから。
「死にたがり、」
「しに?」
「母親の意思、反する、テメェが」
いし、とか、はんする、とか難しい言葉ばっかり使われると全然分からない。
わかりやすい言葉で話してくれないのかな。
男の人の腕に、見たことある腕時計を見つけた。
「触る、駄目」
邪魔されても、無理矢理、腕時計を取る。
取って離れる時に、髪を掴まれた。
痛い、髪の毛全部抜けそう。
「これは、母さんのだ」
「ワタシの物」
「違う、母さんがこれしてたもん!」
取り上げられそうになって、取り上げられないようにしっかりと握った。
これは母さんのだから、きっと多分困ってるから。
だから、母さんに返すんだ(その人はこの世に居ないというのに)。
「気に入った」
「?」
ぼそり、と男の人が何か言う。
聞こえなかった、もっとはっきり言ってくれないと聞こえない。
「なに?」
「テメェ、家に来る?」
「…何で?」
「気に入った、それ理由」
…うん?
でも知らないおじさんとかおばさんとか、とにかく知らない人に着いてったら駄目だって言われてる。
それにこの人、日本語変だし、危ないと思う。
「い、かない」
「あー…、わかった。
気向く、なら、アリー、か、マーキングに来る。人殺す、ハウトゥ、教える」
何処だろう、アリーとかマーキングって名前の所あったっけ?
何処かの店の名前なのかな。
というか、ハウ…、ハト?
人殺すハト教える?
…なんか違うような気がする。
「何処の店?」
「店、違う。あー、名前、私の名前。誰か、聞く。なら、わかる」
「…うん?」
まあいいや、よくわからないけど。
この人の名前がアリーってことなのかな。
「覚悟出来る、したら、来る。
しないで来た、私、許さない」
そう言いながらアリーは歩いて、どっかに行った。
歩くの早いなぁ。
「……」
今はまだ俺、多分、覚悟出来てないから、アリーの所行っちゃいけないんだ。
何の覚悟かもわからないけど、うん。
まだ、行っちゃいけないのは絶対なんだろうな。
「もう、帰らない、と」
多分、母さんのお葬式から、家に帰ってない。
父さんが、心配してるとは思わないけど、でも、帰らないと。
洗濯物とか、溜まってるかもしれないし、掃除とか…。
ああはやくかえらないと。
「ただい、ま」
ご飯を食べる部屋のドアを少しだけ開けて、言った。
すぐにお酒とか煙草とかの変な匂いがする、中は暗かった。
父さんは、帰ってないかもしれない。
「……」
何となく、ほっとした。
中は、床にお酒の瓶とか缶が何本も散らかってた。
台所の棚の中にある大きなビニールを取って来て、それの中に入れた。
ガン、と大きな音が奥から。
そっちを見る。
「誰だ」
怖い声。
今日会ったあの人よりやっぱり怖くて、息が出来なくなるような声。
押しつぶされそうな感じがする。
「ただいま、父さん」
「…お前か」
すぐに下を向く。
父さんに、目を見せないように。
俺の横を歩いていって、冷蔵庫を開ける音がする。
また、お酒飲むんだろうか。
俺が言っても、聞いてくれないけど。
持っていたビニールを適当に隅に置く。
「おい」
びく、と体が跳ねた。
「なに?」
「酒の買い置き、何処」
「…多分、冷蔵庫の中に無いなら無い、と思う」
あっそ。
小さく父さんが言う。
早く、自分の部屋に行こう。
ご飯食べる所を出て、階段を上った。
2階の隅っこにある部屋に入って、電気をつける。
チカチカ、2回ぐらい光って、やっと白くちゃんと電気がついた。
部屋の中は物が、いっぱい、床に投げられてる。
机の上にはお酒の缶と灰皿があった。
「……」
また、部屋入られたんだ。
床に落ちてる物を拾って、机の上に置いてく。
ガラスで出来てたものは割れてて、それを指切らないように気をつけて拾って、ゴミ箱に捨てた。
掃除機で吸いたいけど、うるさいって言われる。
掃除機で吸うのは、父さんがいない時にしよう。
ベッドの上も、ぐちゃぐちゃになってた。
多分、父さんが寝てたんだろうな。
ぐちゃぐちゃになってるのを戻すのも面倒で、でも、なんとなく、そこで寝たくなかった。
窓、開けよう。
煙草、お酒の匂いとかして気持ち悪い。
鍵を開けて窓を開けたら、籠ってた匂いがなくなった気がした。
お酒と灰皿、下に、持っていかなきゃ。
灰皿の上に缶を置いて、部屋を出た。
階段を降りて、台所に行くとやっぱり電気はついてなくて、父さんはソファに座ってテレビを見ていた。
なるべく音を立てないように歩いて、さっき自分で置いたビニールの中に缶を置く。
けど、ちょっとバランスが崩れて大きく音が、カランカラン。
「うるさい」
こっちを見ずに静かに言われた。
小さく謝る。
テレビを父さんが消した。
「うっせえんだよ」
近づいてくる。
下を向く、目を見られなきゃ大丈夫。
上を向いちゃいけない、蹴られるか殴られる。
大丈夫、大丈夫だ、目を見られなかったら、
「かは…っ、」
蹴られることなんて、ほとんどなかったのに。
ああ、俺が缶倒しちゃったから、仕方ないんだ。
仕方ない。仕方ないこと。
すぐに、済んだら良い、な。
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