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第二章第二話 ごしきのいと が きしみだす


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いたい。

起きた時は、いつも通りだった。
いつもと一緒、体が痛い、ぎしぎし軋む。
やっぱり1年くらいじゃ慣れないものなんだ。

今日、学校あったっけ?
目だけ動かして時間を見ようと思っても、此処から時計は影に隠れて見えなかった。
仕方なく昨日が何曜日だったか、思い出す、思い出せない。
ただ昨日は学校行ってない、でも一昨日は行ったような気がする。
じゃあ今日って、日曜日辺りなんだろうな。
そうわかったら、起き上がるのが面倒になった。

どうせ学校ある日でも、今日は行けないだろう。
痛いから学校まで辛いし、体育とか出来ないし、外出て遊ぶのも痛いし。
それに、先生に聞かれる、怪我のこと。
でもどうなんだろう、もう聞かれないかな。
でももしまた聞かれたら、きっと痛い。


先生に、どこかでころんじゃったの、って聞かれた時。
凄く泣きそうになった。
泣きたくなんかなかった、でもその時は凄く痛くて。
だからちょっとだけ話した、しつけ、って一言だけ。
なら先生は、お父さん学校に連れて来てって言った。

何でだろうって、全然思わなかった。
何となく、ああ話して良かったかもなって。
来てって伝えた後の父さんは、怖かった。
でも、学校には行ってくれた(しかしつなぐ手は痛いほどに握られていたけれど)。

『お恥ずかしい話、妻を亡くしたことにまだ立ち直れてなくて。その所為で、これに冷たい態度を取ってしまったこともあります』
『それとこの痣は、』
『男の子に怪我は付き物ですよ、先生。きっとこれなりの、私の態度に対する仕返しなんです。お騒がせしてどうもすいません』

これからもよろしくお願いします。
父さんは用意してた言葉みたいに淡々とそう言って、笑ったんだ。
俺の頭を強く押さえて、下に下げさせて。
凄く、本当のこと言ってるみたいに、嘘を言った。
まるで俺が、嘘を言ってたみたいに。

ああでも嘘じゃないのかな。
あれは——じゃなくて(その時はまだ、朧げにしかそれを認識していなかった)、しつけなんだ。
そっか、先生に言ったのは俺の嘘で、ただの仕返しだ。
しつけが辛いから、だから父さん怒ってもらいたくて。
父さんのは全然嘘じゃない、俺が嘘をついたんだ。
俺が、逃げようとしたんだしつけから。

先生は、呆れていた。
俺が悪いんだって思った。
先生も困らせて、父さんに迷惑かけて。
家に帰ったらすぐ、父さんに怒られた。
何で言った、って怒られた。

何で言ったんだろう、って思った。
言わなきゃ、今日はもしかしたらいい子で終わったのに。
俺が卑怯な所為で痛くなったんだ俺の所為で。


がたん。


そこまで思い出して、上から音がした。
動かないでじっとして、耳を澄ます。
降りて来る音がしたら、どうしよう。
降りて来ないで。

変だった。
此処は父さんの家だから、父さんが降りてくることに俺は何も言っちゃいけないのに。
それでも、やっぱり降りて来ないで欲しいと思った。

しばらくじっとしていても、音は聞こえなかった。
起き上がって、壁に手をついて立つ。
父さんが降りて来ないうちに、早く。
早く、部屋に行かないといけない。

救急箱、どこだっけ。
周りを見てみたら、すこし向こうに落ちてた。
少しふらふらしたけど、頑張って歩く。
屈んで救急箱を取る時に、ぎしりと音がした。
もう火傷はいいや、放っておこうもう仕方ない。
手当なんか、本当はしても意味無いのかもしれないけど。
でも傷は早く治さないといけない、誰にも見えないように。

階段まで、歩く。
此処でやってたら、父さんに会うかもしれないから。
部屋で手当してれば、絶対に父さんには会わない。
階段を上る時に、玄関を見る、癖。
そこに見慣れた大きい靴は、なかった。


ごと。


持っていた救急箱が、落ちる。
落としたつもりはなくて、勝手に、落ちた。
いない、でも、おと。

おとが、きこえたのに。

怖い、怖い怖い、怖い。
痛い、ぎしぎし、ぎりぎり、ずきずき。

「……」

居ない居ない居ない居ない。
居ないのに、居るみたいで、かくれてどっかにいるみたいで。
居ないんだ、居ないのに、気のせいだ、きのせい、かんちがい。
こわい、おこられそうで、こわい、すごくすごく。


「だれか」


だれも、たすけてなんかくれない。
だれも、なんにもできない。
しつけだからしかたない、仕方ないんだ、暴力じゃない。
しつけは暴力じゃない、だから俺が言ったのは全部、嘘で。
しつけは、自分で、自分でしか、どうにも出来ない。
他の人も、自分のことがあるし、しつけも受けてる。
だから。


だいじょうぶ。
しつけは、いいこになったらおわるんだ。


誰にも弱音を吐いてちゃいけない。
だって俺だって耐えられる、皆出来てるんだから出来る。
心配させちゃいけない。

だってあれはただのしつけ。
なぐられるのはおれがわるいから。

大丈夫、出来る。
弱くちゃ駄目なんだ、きらわれる、そんなの嫌だ。
護られてちゃいけない、護らなくちゃいけない。
もう、母さんみたいに俺を護って死ぬ奴なんか、居たら駄目だ。


ルルルルル。
電話が鳴った。

落ちた救急箱を拾って電話まで戻る。
なるべく、壁にもたれながら、急いだ。

「はい、もしもし」
『はーい、高橋ですけどー?』

受話器から聞こえたのは、涼ちゃんの声。
どうしたんだろう、たしか約束はしてなかった、と…、思う。

「用事?」
『ううん、なんとなくー。つか取るのおせーよ、もうすぐで切ってた』

何となくって…。
何か急いで取って損したような気がする。
一応、何か遅くなった理由言うべきかな。

「寝てたから」
『あーほ』

別にいいと思うんだけどな、寝てるくらい。
あれだし、あの、さんだーよっきゅー?
あれ?

「さんだーよっきゅーだったっけ?」
『あー? カードにそんなのあった?』
「カードじゃなくて、ほら、えっと…」

手前になんかあったと思う、何だっけ?
なんとかのさんだーよっきゅーだったと思う。
思い出せない、何だったかな。

『まーいいや、今日うち来いよー』
「なんで?」

気づいたら言葉になってた。
問い返して、どうする気なんだろう俺。

『なんでって…、あー…』

言い辛そうに涼ちゃんが、唸る。
あ、心配させてるのかもしれない。
心配させないように頑張ってる、のに。
まだ足りないんだ、もっと頑張らないと。


「いいよ、父さんいるから」


何回も、言った言葉。
そう言ったらいつも涼ちゃんは切るから、便利で。
嘘なんか何度も吐いた、悪い子だからいい子に見せなくちゃ。
涼ちゃんまで、どっか行きそうで、俺は置いていかれそうで。

体中が痛い。



『いつからだよ』



何がだろうかなんて思う前に、思考がフリーズした。

「…なにが?」
『何、じゃねーよ。ホントは親父いねーん、』
「父さんがどうかした?」

嘘がバレる、駄目だバレたら、バレたらいなくなるんだ!
何処でバレたんだろう、何処で嘘だって思われたんだろう。
俺がどっかでヘマしちゃったのかな?
なら何処でだろう、何処でヘマしたんだろう。

涼ちゃんはまだ電話切らない。
いつもすぐに、切ってくれたはずなのに。


『誤摩化そうとすんな、ばーか』


軽く言われたそれ。
何となくむかっときた。

「馬鹿いうなっ」
『怒る所違うっつーの』

だって馬鹿っていわれたら、やっぱりなんかムカつく。
俺が馬鹿なら涼ちゃんも馬鹿だ、多分。


『お前がうちに来ねーんならオレが行く』


何処へだろう、…俺の家?
それは駄目だ、止めないと。
体中痛いし、何か言い訳考えないと、来られちゃ困る。

「え、あ、もうちょっとしたら出かけるから!」
『んじゃ今から行く』

俺が言い返す間もなく、電話が切れる。
こういう時って普通は別の日とかにするんじゃないのかな。
涼ちゃんって強引だと思う、本当に。

あ、どうしよう、部屋、散らかされてるかもしれない。
今日はまだ部屋に行ってないからわからないけど。
散らかされてたら、片付けないと。

痛い所はもう我慢すればいいや、少しくらいなら大丈夫。
ご飯食べる所の扉を閉めて、二階に上がる。
足を上げたり、ちょっと動かすだけでずきずき痛い。
だけどそれを気にしてる場合じゃない、ゆっくり出来ない。

急がないと。

やっと階段を上りきって、部屋に入る。
暗くて様子がわからない、カーテンを開けた。
たいようの光が入ってきて明るくなる、中はちゃんと綺麗だった。
昨日は父さん、入って来なかったんだ、良かった。

ぴんぽーん。

下にもう涼ちゃんが来てる、急がないと。
出来るだけ急いで階段を降りる。
足がぎしぎし言うのを無視した。

急いでいかないと、部屋確認してたとは言えない。
何の為か聞かれたら困る。


「はい…っ!」


勢い良く玄関の鍵と、扉を開けた。
見上げたら、ぽかんって顔を涼ちゃんがしていた。

「…何息きらしてんだ?」

驚いてたみたいだ。
落ち着く為にゆっくり息を吸う。
それを涼ちゃんは待ってくれた。

「急いで出て来たからだよ」

そりゃごくろーさん、と言われて、髪の毛ぐしゃってされた。
あ、髪長くなってる、そろそろ切らないと。

「お茶持っていくから、」
「おー、先部屋行ってるぜー?」
「ん」

涼ちゃんが上に行くのを見てから、ご飯食べる所の扉を開ける。
あとでピールの缶とか、片付けないと。
缶を避けて歩いて、冷蔵庫の中にある麦茶を出して、食器洗浄機の中から出したコップに入れる。

少し上に腕上げる時にずきずきしたけど、いつものようにちょっとマシになってた。
これなら、まだ大丈夫だ。
頑張れば何とかなる。

氷は、別にいいや。
お盆を棚から出して、その上にコップを二つのせた。

階段を上がる。
お盆を片手で持って、手すりを持たなきゃ、ちょっと辛かった。

「涼ちゃん、お茶ー」
「お? ありがとー」

ベッドに座って待っていた涼ちゃんにお茶を渡す。
自分の分は机の上に置いて、椅子に座る。
背もたれが昨日蹴られた所にあたって、少しずきってした。

「んで?」
「う?」

お茶を飲む。
喉が冷たくなった。



「お前さ、親父にいじめられてんの?」



凄く真面目な顔して、涼ちゃんが言った。


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