何で、そう思ったんだろう。
俺は虐められてなんかない、しつけなんだしつけしつけ。
おれがわるいからされるもの、おれがいいこになればおわるものなんだ。
「いじめられてなんかないよ」
何故か声が震えてた。
これじゃ何か、いじめられてるのを隠してるみたいだ。
違う、本当に俺はいじめられてなんかないのに。
ちゃんと俺次第で終わるものなんだ。
「…そっか」
不機嫌そうに涼ちゃんは言って、黙った。
何となく気まずくて、自分の手を見る。
何か話すこと、ないかな。
静かなのは、何となく苦手だった。
「…はぁ」
涼ちゃんがため息をついた。
何でだろう。
もう一回、机に置いたお茶を飲む。
「かーい」
「うん?」
「ちょいおーいで」
座っている隣の、入り口側の所の布団をばふばふ叩きながら言われる。
叩かれた隣に行って、座る。
「な、にっ」
いきなり後ろに倒された。
布団は柔らかかったけど、当たった背中が結構痛くて、涙が出そうになったけど、泣いちゃいけない。
我慢してたら、何でか服をめくられた。
な、なんでなんだろう?
「何するんだよっ涼ちゃん!」
急いで服を引っ張って元に戻そうとするけど、出来ない。
腕に思うように力が入らなかった。
「ひっ」
お腹の上を涼ちゃんの手が擦(さす)る。
…涼ちゃんは一体何がしたいんだろう。
めくられた服の向こうに見える涼ちゃんの顔は吃驚してて、泣きそうな顔をしていた。
何で涼ちゃんがそんな顔をするのかわからなかった。
なんか吃驚するようなことがそこにあるかどうか思い出す。
「いッ」
涼ちゃんが、少しだけ指で押した場所が、すごく痛かった。
我慢してた涙が少し出た。
ずきずきするそこは昨日思いっきり蹴られた所で。
ああ、あざがあったっけ。
痣を見られたんだ。
恥ずかしいな、なんでだろ、凄く悲しくなった。
泣いちゃ駄目だ、だってこれくらい平気にしてなくちゃ。
涼ちゃんが座り直したから起き上がって、服を元に戻した。
ずきずきする、傷じゃなくて、胸がずきずき。
「海、オレの親父に言ってみよ?」
座り直して、凄くゆっくり涼ちゃんが言った。
「何を?」
「親父に、いじめられてんだろ」
「違うよ、これ、」
「こけた、とか、そんなん言ったら怒る」
なんか、言わなくちゃ。
何か言わないと、何があるかな、何が。
しつけだなんて知られたらいけない。
(誰に言われたわけでもない、ただ漠然とそう思った)
「でも、こけただけなんだよ」
「こけたら普通は膝だろ」
「前に白いのあって、」
「ガードレールにぶつかったのかよ、ばーか」
「ばっ」
「へーへー馬鹿じゃねーのはわかったー」
俺の言おうとしたことを涼ちゃんが勝手に言う。
何と言うか、先読みされててちょっとだけムカついた。
「でもよ、ぶつかっただけでそんなになるもんか?」
涼ちゃんの言ったことに、言い返せなかった。
ガードレールにぶつかったことなんて無いからわからないけど、こんな風にはならないと自分でも思う。
何で俺、上手に嘘つけないんだろう。
何で、全部上手く行かないんだろう。
全部俺がいけないんだ俺が上手くやれないから。
心配されない奴になりたいのに、誰にも迷惑かけない奴になりたいのに、
父さんを怖がらなくてもよくなりたいのに。
「なあ、海」
涼ちゃんは優しいんだと思う。
凄く優しいからこうやって俺に言ってくれるんだと思う。
それが凄く何でか嬉しくて、甘えたいなって思う時もある。
「うち、行こ?」
でも、それじゃいけないんだ。
心配もされたくないし、優しくもして欲しくない。
一回甘えちゃったら、ずっと、甘えたいって思うと思う。
だから駄目なんだ。
弱いままじゃ駄目、良い子になるんだ。
良い子になって、父さんに怒られないようになって。
「海、」
「俺は大丈夫だから言わないで、だれにも」
少しだけ強く言った。
ちゃんと俺は良い子になるんだ。
誰にも甘えなくて面倒かけない良い子にならなくちゃいけないんだ。
「何で、お前痛いの嫌じゃねーの!? 親父庇って、痛いのずっと我慢してく気かよ!」
「違う!」
違う、『ずっと』じゃない。
だって、これは俺が良い子になったら、俺が悪い子じゃなくなったら、父さんを怒らせなくなったら、
ぜんぶ、おわる。
「涼ちゃんが思ってるのは違うよ」
「じゃ、何なんだよその怪我っ!」
片手で肩を掴まれて、もう片方の手で痣がある所を指差された。
掴まれた所は、何とか煙草の所じゃなかった。
「こけただけだよ」
涼ちゃんは勘違いしてるだけなんだ。
だから誤解解かないと、解かないと。
(だれかにいわれたら、いたいから)
「りょうちゃ、」
掴まれてた部分がズレて、煙草の所に来る。
力を居れられてて、結構痛い。
だからそれを退けてもらう為に名前を。
「お前は、着替えン時気づかなかったら、そうやってオレにもずっと隠す気だったのかよ!?」
それを大きな声で遮られた。
凄く大きな声だったから吃驚して、火傷の所が痛いのも忘れた。
周りが、シンとなってやっと涼ちゃんが言ったことが頭に入ってきた。
ああそっか、着替えでバレちゃったんだ。
今度から気をつけなくちゃ、見えないように。
他の人に、バレないように。
段々と肩を掴んでた手の力がなくなる。
じくじくしたのはまだあるけど、さっきよりはマシになった。
「りょう、」
「何で言わねーの?」
いきなりぎゅってされて、小さな声で言われた。
どくどく、心臓の音が近くて、俺もどくどく鳴ってた。
「オレが馬鹿みてーじゃねーか」
さっきよりもっと小さな声。
耳の近くだったからやっと聞こえた。
うん?
「涼ちゃんって元々馬鹿だと思うよ」
みたい、じゃなくて、本当に馬鹿だと思ってた。
「うっせー、こんな時くらい口閉じやがれーっ」
「いーっ」
ほっぺたをぐいーっと引っ張られる。
痛い、喋り難い。
仕返しに腕を伸ばして、涼ちゃんのほっぺたをつねる。
「ほのひゃろーッ」
「がーっ」
更に強くつねられたから、こっちも強くつねる。
でも段々手が疲れてきたから、離した。
こっちが離したら涼ちゃんも離してくれた。
「いってー…」
「俺だって痛いもん」
「へーへー」
ずっとつねられていたほっぺたは、ひりひりした。
だから痛くなくなるように擦る。
涼ちゃんを見てみれば、涼ちゃんも同じようにしてた。
それがおかしくて、二人で笑った。
がた ん 。
小さく、でもちゃんと聞こえた、音。
ああそういえば、いないんだっけ。
じゃあ、そとからかえってきたのかな。
どこかから、もうかえってきたのかな。
きょうこそ、おこらせないようにしないと。
「おい?」
「なに?」
「どーした?」
「なにが?」
「……海?」
こわい。
きもちわるい。
かたが、ひりひりする。
うでが、ずきずきする。
あしが、うごかせない。
いきが、すいこめない。
部屋の扉から目が、離せない。
父さんが入って来たら、どうしよう。
俺はどうすればいいんだろう、どうしたら怒られないかな。
ぐいって引っ張られて、くるっと見えるものが変わる。
今まで見てた扉と、反対側の窓が見えた。
「こっち向け」
あったかい。
ぎゅってしてくれて、あったかい。
何故か、目のところが熱くなって泣きそうになった。
「りょうちゃん?」
腕を掴んで、離れようとしたけど、出来なくて。
心配させちゃいけない。
だからかわりに、笑った。
「うち、泊まりにこいよ」
「迷惑かけるから」
迷惑をかけたくなかった。
誰にも迷惑なんかかけたくない。
俺は俺で何とか出来る、出来る、だから。
「音だけで怖がってる奴が何言ってんだよ」
「怖がってなんかないよ」
「…父親じゃねーよ、大丈夫だって」
何で言い切れるんだろうとか、何で怖がってるって思ったんだろうとか。
そんなことを思ったけど、それを聞いて安心したのは確かだった。
さっきより強くぎゅってされて、少し、痛かったけど。
「大丈夫だから」
そう言われたら、涙が出た。
止めようとか思っても、止まらなくて。
ぼろぼろいっぱい出てきて、何でかわからなくて。
でも、声は聞かれたらちょっと悔しいから耐えた。
その間ずっと涼ちゃんはぎゅってしてくれてて。
少しだけ、痛いのが治った気がした。
(涼がどうして後ろを睨んでいたのかもわからずに)
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