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ぱさりと、新聞を広げた。
小さく細々と並ぶ漢字と平仮名、たまに写真が白黒で写る。

図書室で将来の夢に関係する記事を見つけよう、そんな総合の授業だった。
今日最後で嬉しいし、全部の授業から比べると凄く楽な授業だけど、正直めんどくさい。
新聞に目を滑らせても、興味のある記事なんて。

昨日の仕事で、一日中眠気をかぶった頭には何も入らなかった。
そもそも見つからない以前にあまり探してもない、とにかく眠い。
教室でだったらずっと寝られたのになんて、場違いなことをただ思う。


ぼーっと、隅にある四コマ漫画に目を向ける。
書いている文字を読む気は無くて、ただ見るだけ。
何を見ればいいのか、わからない。

「よーこやま!」

小声で、がたりと身を乗り出して来たのは小田だった。
少し眠気で閉じかけていた目で、俺を覗き込むように来た小田の顔を見る。
にこにこというか、にやにやというか、とりあえず何とも楽しそうな表情。

「良いの見っけた?」
「全然なくて困ってるとこ」

言いながら、今まで見ていた面の隣をめくる。

そこに並んでいるのは政治家の顔だった、白黒。
汚職やら談合やら、一番興味からほど遠い記事。
いつも並ぶのは同じ言葉で、顔と名前が違うだけ。

嫌気に、ほんのわずかなやる気がさらわれる前にもう一枚めくった。
でもめくったところで、やはり興味がわきそうなものは見つけられない。


「何になりたいの、横山って」


相変わらずの小声で、何ともなしに聞かれた。
将来の夢に関した記事、といっているのにパラパラめくっているだけの自分。

ただその声に、どことなく自分だけが温度を下げる。
小田の声が冷ややかなわけでもない、ただ突然に、頭は冷めた。

「小田は?」

質問では答えずに、相手に問う。
えーおれー、と勿体ぶるように小田。
その小田が、ちゃらける前にほんの少し、眉を寄せたのは気づかないフリで。


言えないと思った。
あまりにも自分の目標は、普通からかけ離れている。
夢なんてプラスなものでもない、ただ異常な、目標。
頭がおかしい、そう切られてしまって当たり前の言葉だから、言わない。

言ったって、どうにかなるわけでもない。

「それよりこの記事この記事!」

結局小田も夢を言わずに、話題はすり替わった。
はしゃいだ態度は崩されず、いつもを横たえて、新聞を取りにいく。

今までも、上手い誤摩化し方がわからない俺は何度もこれを繰り返した。
小田はその度に、どう思っているかはわからないけど、一応は流してくれる。
嘘をついてしまえばもしかすれば、と思うけれど、どうしても抵抗を感じる。

だって嘘をつく子は、


「これ!」


グシャ、と、開いていた新聞の上に、小田が持ってきていた新聞が乱暴に広げられた。
小田が指差していたのは、そこに中くらいの大きさで乗る記事、写真はない。

何だろうと内容へ目を、そこの見出しへ向けた。
大まかな内容を悟った瞬間に、すう、と全身の血が足下へと下るような感覚。
どうしてよりによってその記事を、今この瞬間に俺へ、小田は伝えようとしているのだろう。

「これがどうかした?」

声が震えていないか、動揺したのがバレていないか。
緊張がのどの奥に絡み付いて、思考を奪おうとする。

どうしてこの記事を、持ってこられたんだろう。
どうしてこの記事を、俺の前に持って来たんだろう。
それ以外の疑問も考えも、全部、拒まれてしまう。


大丈夫だと、固い唾を飲み込んだ。
大丈夫だ、きっと何か別の事情だ。
俺には関係していない、きっと。

言い聞かしながら、小田を見る。
だって小田はこんなに、笑ってるから。

「ぜーったいさ、この社長と秘書って出来てたよな!」

は、と糸が切れた。
肺の中に入り辛かった空気が急に入り込んで、思わず咽せてしまった。
何だそんなこと、そう安心する頭の隣で、ほら大丈夫だったと心は一息つく。

「知らないよ」

思わず顔が苦笑い気味になった。
それでも中途半端になってるだろうなと、自分でも少し思う。

なんだか緊張して損した気分だ。
誰かに勘づかれるはずがないと、改めて頭の中で呟く。
処理屋だってプロだから、心配なんていらない、そう息を吐き出した。


「だって車内に二人っきりなんだって! おかしくね? ね?」


適当な返事にも食らいついて、小田が新聞と俺との間に身を乗り出した。
その所為で妙に近い距離で視線が合って、思わず後ろに体を仰け反らす。

内容はふざけているのに、変に小田の表情は真剣だった。
何でそんなに必死になるんだろうと思いつつ、何とか宥めようと、言葉を探す。

「絶対こう、これはやり手社長が嫌がる秘書に詰め寄って、ふと目を離したり、秘書の手が当たったりで、」
「不謹慎だよ小田」

身振り手振りの激しくなって来ていた小田の頭がチョップされる。
案外痛そうな音がしたけれど、まあ早口が止まって助かったかもしれない。

そんな思いで小田が乗り出した方と逆側を見れば、関(せき)が2、3束くらいの新聞を持ってきていた。
関もまだ見つかってないんだろうか、何でもすぐ出来ていることが多いのに珍しい。

「横山困ってんじゃん」
「だからっていてえし!」

うるさいし、とため息をつきながら、関はずれていた眼鏡を直す。
少しだけ出されているめんどくさそうな空気は、平常運転。


第一印象は面倒見が良さそうな優等生っぽかった、そんな数ヶ月前の記憶。
一番最初に話した友達で、勉強も出来るし、絵に書いたような優等生だと思ってた。

実際に勉強はたまに教えてもらえるほど出来る、でも面倒見は予想外に悪い、何と言うか乱暴。
そんなギャップを本人は面白がっているようで、眼鏡もいちいち選んでるらしく、俺も小田も笑うんだけれど。


「横山もちゃんと止める」


新聞の束で、軽く頭を叩かれた。
そう痛くはなかったけれど、叱られたことに口がへの字に曲がる。
少しだけ厳しい関の言葉、確かにその通りだと思うことが多くて、言い返すことも出来ない。


とりあえず関の言葉には返さず、ふうっと息を吐いた。
ちらちらと移る事故の記事をみたくなくて、二人に気づかれない程度に下から新聞を引き出して隠す。
ただ文字となってあるだけのことが、嘘が、自分を責めているようにも思えていた。
そんなことあるわけないのに。

「なに横山無視?」

もう一度新聞紙が、がさっと頭にぶつけられた。
少し横目で見てみれば、さほど機嫌を損ねた風でもない。

「まあいいけど」

ふー、とわざとらしいほど大きくため息がつかれた。
顔さえ面倒そうに作っているから、少し苦い気持ちになる。
無視した自分が悪いんだとはわかっているものの、謝るのも、…微妙だ。

そしてそのまま隣の空いた席に腰を下ろすかと思った。
けれど、適当に新聞を見ている間も関は立ちっぱなす。
それが変に思えて、もう一度、今度は様子を見るために視線を上げた。


そこでかち合った、じっと見下ろす視線。
座らないのかと声をかけてみても、ああうん、とどこか浮ついた返事だった。

その様子に、自分が何かしただろうかと考える。
すぐに無視をしたことが浮かんだけれど、違うと感じた。
けれどあんな掛け合いはいつものことだと思うし、実際昨日も似たような会話はしたと思う。


じゃあ他でどうかしたのかと、周りを見渡した。
けれど、各々で喋っているクラスメイトの姿だけで、何もない。
途中で目が合った小田も、疑問そうな顔でたぶんわかってない。

「とりあえず小田は新聞返してこいよ」

何でもなさそうに、言うと同時に関は視線を俺から外した。
そこにはさっきまで話していた関が居て、小馬鹿にしたように、でも癇に触らない風に笑う。

言われた小田は本当に渋々と言った様子で、新聞がまとめ置かれている場所へ歩いていく。
さっきまでの嬉々と記事について話していた姿とは対照的で、何となく笑ってしまった。


「横山、」


呼ばれた名前。
小田に向けていた視線を、関へと戻す。
そのとき、俺を呼んだはずの関は少しだけ視線を戸惑わせて、俺を見た。


「ちょっと出よう」


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