SiGNaL > Happy New Year !!



皿を洗う為に出していた水を止める。
最後の一枚は、簡単に乾燥機の空いたスペースへと突っ込んだ。
二人分は入るらしいその小さな乾燥機は、まだ壊れることなく動いていた。

水に触れていた所為で冷たく濡れた手を、軽くタオルで拭き取る。
はあ、とゆっくり自分の息を肺で暖めて、手へと吐き出す。
それを擦りながら、ソファを目指した。


それにしても邪魔臭い。

「涼、」
「あん?」

邪魔、一言で言ってみたけれど涼はまた笑うだけだった。
風呂から出たときから、ずっと腰に抱きついたつかれた状態。
さっきまではあまり動かなくて済む皿洗いだったからまだ許せた。

けれど、今からは自由に歩き回りたい。
テレビ見たりだとか、今日の分の洗濯物畳んだりだとかしたい。
正月くらいはゆっくりしたいから、出来るだけ今日済ませられるものはすませたい。


「いい加減離れろよ!」


なのに歩く度に一足分足跡は多いし、たまに肩に頭を置くから重い。
それが嫌で早足で歩けば、わざと腕を腹に食い込ませるし。

わざわざ大晦日に人の家にまで、しかも鍵をこじ開けて入る根性もどうなんだ。
誰かに見つかって通報されていれれば良かったのにと、毒を吐こうかと思ったけれどやめた。


えー、と渋る様子で退く気はどうやら無いらしい。
まわされた腕の片方を掴んで服を少し剥いてから爪を立てた。
丁度今は爪が伸び気味だったから、絶対痛いと踏んでのこと。

「痛いって、爪立てんなっ」

しっし、と払うように手が振られる。
でもその腕は腹回りから動かずに、涼自身も俺の後ろにいるままだ。
それどころか、爪を立てていない方の腕は上に上がって、耳を触ろうとする。

触られるわけには行かず、その手を掴めば、爪を立てていた腕は俺の脇腹をつかみ出す。
てめえ、と声を出して睨もうとしても、目に入れられる範囲に涼が居らずに出来ない。
そのうちにも、ぐいぐい力を増させて耳に迫る腕はとうとう両手で押さえなければならなくなった。


「ああもう!」


埒があかない。
そう思って、もう爪を立てるよりも口の方が近い手に噛み付いた。
手、といっても、人差し指一本を出来る限りぎりぎりと力を込める。

「ぎっ、わかったわーかった、はなすはーなーすッ!」

噛んでいた歯を少し開けば、指はすぐに消えた。
ずっと後ろに張り付いていた体温も離れて、体が軽くなったと実感する。

好奇心で少し軽く涼を振り返ってみれば、本当に痛そうな顔で噛んだ方の手を左右に振っていた。
離さなかったし、耳を触ろうとしたからだと心の中で毒づいてから、くつろぐための空間を目指す。


唯一テレビの前に敷いた絨毯の上に座る。
涼によって電源を入れられていたテレビは、大晦日特別ライブの映像が中継されていた。
客のきゃーきゃーという女性の歓声で、流れている曲のほとんどはよく聞き取れない。

画面に映っている時計を見れば、年明けまであと数時間らしい。
後数時間で来年、正月になるのだと思うと何だか変な気分。
さすがに、正月くらいは仕事が入らなければ良いなと思う。


それにしても案外、じっとしてみると部屋は寒い。
風呂で暖まった体が段々冷めて来た所為もあるんだろう。
今は横に座っている涼を見れば、寒がりながらも自分が持ってきた雑誌を見ていた。

こんな寒い中にいたのか、そうぼんやり思う。
風呂に入ってなければ、少しこの部屋は寒過ぎる。
ただ、空気を温めようと思っても、暖房器具は別の部屋。

ほとんど此処でのんびりすることもないし、一緒に動かしてたし。
一瞬暖房器具を取りにいこうかと思ったけれど、…正直めんどくさい。


「あ?」


近づいて寄りかかると、服越しではあれど暖かい。

「やっぱ寒かったんじゃねーか」
「冬だから寒いんだよ」

あー? 、と思い切り意味がわかっていない声で返されたけど無視した。
自分でもおかしな日本語を喋ったことは、十分過ぎるほどわかってる。


ずっと手持ち無沙汰で涼に寄っかかっているのも変かと気付く。
自分は暖が取れさえすれば良かったけれど、この状態じゃ斜めでテレビも見辛い。

少し周りを見渡して、涼のもう一冊の方の雑誌をおもむろに手に取った。
それは丁度、先月号をこの前長谷に見せてもらっていた雑誌の今月号。
ちょっと涼の服とまたジャンルが違う気がしたけれど、とりあえず気にせずめくる。


持たれて触れた部分を熱が通う。
じわじわと厚着からで僅かではあるけれど、確かに暖かい。



こんな日も、悪くないかなとちょっと笑った。





「中々のツンデレだよなー、お前」

すっげー無駄にツンが多いけど。
そう思いながら、肩に寄りかかって寝入った海の髪を撫でる。

ワックスをしてない髪は、いつもと違って指通りが良い。
さら、と髪が前に落ちる所が、妙に新鮮に思うほど。
昔はずっとこんな髪だったのに、と頬が緩んだ。

「……」

いつの間にか笑っていたことに、誰も見ていないにしろ恥が出た。
ああもう何と言うか、がしがしと自分の頭を手でかき混ぜる。
海の黒髪と違って、染め続けた所為で若干痛んだ感触。

それでまた頬が緩んでいたことに気付く。
本当に馬鹿じゃねえの、心の内で自分を罵った。


「本当に寒い奴」


自嘲気味に呟いて、海の頭から手を離した。
その手を名残惜しむように、海の髪がオレの手に軽く絡む。
そんなこと、こいつに限ってあるわけがないとわかってるのに。

「おわ」

手を退けたことで、バランスが崩れて、海の頭が膝の上に倒れ込む。
何とか思い切りぶつける前に手のひらで支えて、ゆっくりと降ろす。

膝の上に、静かに着地し終えた瞬間。
丁度つけっぱなしだったテレビから歓声。
今まで隠れていた青い目が、うっすらと覗いた。



「おめでとさん」



今年も一緒にいたい、幼馴染へ。


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