SiGNaL > いらないもの



パチパチパチ。
周りがキーボードを叩く音で満ちる。
技術の時間の、退屈な時間の、音。

パソコン室を使うほとんどの時間は自習だった。
教師は前にいるものの、多分ゲームをしているんだろう。


ラジオを作った後からずっと、技術はパソコン授業に切り替わった。
パソコンと言っても、最初に少し基本事項をなぞるだけで、何ら新しく教わることもない。
しかもたった二時間するだけで、三時間目からはもう今のように好き勝手する時間になった。

どうなってるんだろうと、二年目でも思う。
この適当具合が最初の頃は気持ちが良かった。
けれど、此処まで適当だとは思っていなかったのに。


本当に、ただ自由奔放に出来る中学、で俺は此処に決めた。
中高一貫であるから高校受験もないし、仕事には好都合に思えていた。

中学に入ってから仕事をすることは、何となく決めていたことだった。
教えてもらっているだけの時は、ただ不満だったから。


訓練と実戦は違う、いつも教えてもらう際に告げられた言葉。
俺が知りたいのは実戦であり、こんな基本だけのことじゃない。

だから少し遠くても、多少融通の聞く此処でなくちゃいけなかった。
地域の中学で良いかとも思ったけれど、…何となく小学校の頃の友達に会うのが気まずかった。
デタラメが回って誤摩化されているとしても、やっぱり大人は大人で推測を重ねていて。


それだったら、と全てを知っていた人に提案されたのが、此処。
此処であるなら多少無茶しても無視されるし、受験もない。
そう言ったあの人の笑顔は意味深だったけれど、別に此処と言った候補があったわけでもない。

少しあの人の家からは電車を乗り継ぐ必要もあった程度の距離だった此処。
それでも良いかと思ったけれど、すぐに家を借りることに決めたなぁと懐かしく思う。
今思い返しても苦々しいような顔がしかまるような記憶は、思い出さないのが一番かと頭を振る。


とは思っても特に見たいサイトも、やりたいこともない。
うつぶせ気味に椅子を後ろへ流して、べとっと机に両腕を付ける。

「前から聞きたいことがあったんだが、」

改めて画面を見たところで、検索画面で止まったページ。
何か暇つぶしでも出来そうなゲームとか探そうかと思う。

けれど、インターネットのほとんどのページが学校の規制がかかってあまり見られるページが少ない。
好きにいろいろなサイトを見て回ろうかと思っても、よくわからない理由で規制されてうんざりする。


「海?」
「あ?」


隣の拓巳が俺の名前を呼んで、つい吃驚した。
少し眉尻を下げていた顔と、目がかち合う。

自分に話しかけているとは思ってなかった。
てっきり逆隣の涼に話しかけてるのかと。
そう言って、意図的に無視したわけではないと断る。
そうかと笑う拓巳は、安堵したように息を吐き出した。

「それで、聞きたかったことだけど」

拓巳が切り出す。
後ろへずらしていた椅子を引いて、拓巳の方へ体を向ける。


「目が青いのは生まれつきなのか?」


ずく。

何度か聞かれてきた質問。
遠く遠くに飛びそうな記憶を何とか留める。
何でもない話題なのだから怯える必要はない。

「一応は」

絞り出した答え。
ぎこちない声にならないように、出来るだけ自然に。

「そうなのか」
「カラコンじゃ、ないからな」

いつかもそうして答えたことがあったなぁ、と思う。
未だに誤解が解けているのか解けていないのか微妙だけど、と一人の顔が浮かぶ。
拓巳がカラコンカラコンからかって来る様子はあまり想像ができないけれど、一応釘を刺した。


それから、また情報室は沈黙に変わる。
カタカタカタカタ、キーボードを叩く音だけ。

寝ようと思った、したいことが何も浮かばない。
机の上のキーボードをディスプレイの上に置いた。
さっき元の位置まで戻した椅子を、もう一度後ろにずらして突っ伏す。


「……」


青い目。

珍しいんだろうなあと、やっぱり思う。
顔も外人風なわけでもない、思いっきり日本の顔。
髪も昔はもっと茶髪だったらしいけれど今は黒い。
そこにはまるのが、黒い目ではなく、青い目。

小さい頃からこの目だから、俺は別に違和感はない。
けれど、他人にはどう思われているんだろうとたまに考える。
どういう風に見られて、どういう風に推測されて、そんな思考。


そもそも俺自身が、自分がハーフなのか、クォーターなのかも知らないのだ。
その辺だって他人だけでなく、自分自身すら推測するしかなく、何もわかっていない。

涼に聞いてみれば俺のことなんて簡単にわかるのだろうと思って、聞こうか迷った時もあった。
結局、聞かずに今に至るのだけれど。


俺は、ほとんど自分のこともわかっていない。
あいつのことだって、名前すらまだ知らない。
ずっと見て来たのは、痛い痛い記憶だけ。

ただ横山があいつの名字だということはわかっている。
母さんの実家は立花(たちばな)だから、簡単にわかった。
あそこは小さい頃に何度か行っていたから、ぼんやりとは覚えている。


実際は、あいつに関しても涼に頼るだけしかしてない。
何かわかったら教えて欲しい、輪郭も曖昧でぼやけた依頼。
何の情報が欲しい、明確に伝える言葉すら知らない俺が、悔しい。

いつだってそれじゃ、駄目なのだと思う。
自分である程度は調べたりだとか、知ることは大事だと思っている。
でも結局、何をどう調べたら良いのかすらわかってないから何も出来ない。


鬱々とした気分。
涼に負けた気さえ、浮かんでくる。
実際、情報量の差は歴然としていて、負けているのだろうけれどそれを認めるのは何だか嫌だった。

「馬鹿に誰が負けるか」

小声でぽつりと呟く。
ただの負け惜しみだけれど、言えば少しだけ頑張ろうと思える。

そして、ゆっくり残りの授業時間を眠って過ごす為に目を閉じた。


「おいそこー、今オレの悪口言ったろー」


なのに寝入ろうとした意識は、声で遮られる。
何で聞こえてるんだよと思った、凄く小さい声で言った言葉。
隣に拓巳がいるのだからと拓巳にすら聞こえないように配慮したのに。

それでも声を聞き取って、言葉をかけてきたのはその隣の涼だ。
どんな耳をしているんだと思う、地獄耳なのかと疑うほど。


言わせっぱなしで無視すると後でうるさいかと思って、頭を上げる。

「いてっ」

上げようとしたけれど、頭の上にあった何かにぶつかって出来なかった。
上がれなかった頭は代わりに自分の組んだ腕にぶつかって、鼻が痛い。

「俺は別に何も聞こえなかったが」
「……、気の所為かねー」

わりとあっさりと涼が引く。
いつも悪口に関しては粘っこいくらい追求して来るのに、と意外に思う。

大抵すぐ言ったことを認めさえすれば、軽く反撃されるくらいでは済む。
けれど言ってないと嘘を吐いたら、楽しそうに本当に楽しそうに、虐められる。
くすぐるだけの時もあれば、恥ずかしい失敗談を大声で話したり、ヘッドロックかけられたり。

とりあえず、何にしてもやられたくない行動ばかりなことは小学校の頃から学んでいた。
今回は拓巳が庇ってくれたようで、反撃すらもないだろうと安心。


そして、どうやら頭の上にあったのは拓巳の手だったらしい。
ゆっくり頭を上げていけば、もう上には何もなかった。

「拓巳?」
「悪い、大丈夫か?」

パソコン画面に向き直っていた拓巳を呼べば謝られた。
視線が鼻の方に向いているような気がするからきっと、さっきの頭のことだろう。
大丈夫、という意味を込めて頷いてみせると、ごめんな、ともう一度かかった謝罪。

「とりあえず多分助かった」

本当に、多分の範囲内で。

庇ってくれたお礼を告げれば、拓巳の向こうでにこにこしてる涼と目が合う。
きっと気のせいだ、俺の気のせいだ、絶対気のせいにしてやる、拓巳に集中しよう。
そう思ってすぐに視線を拓巳の方に向ければ、何となく事態をわかっているのか、苦笑している。


ただ、ほんの少し涼が気になった。
むしろ、あの嘘を吐いた時と同じ気分で、背中がぞくぞくする。
試しにほんの少しだけ、苦笑する拓巳から目をそらして、盗み見て。


「…い、わ、う?」


涼の口が動いた通りに口を動かして、声に出した。
祝う、って別に何も祝われるようなことをした覚えはない。
他の何かの組み合わせだろうかと思ったけれど、祝うがしっくりきて全く浮かばない。


「し、ば、く」


小声でニコニコと、まるで嘘を咎める時の笑顔。
ハートマークさえついていそうな声に、思わず寒気が走った。
嘘ついてないのに、と思ったけれど、今更何を言ったって意味はないだろう。

情報の時間が終わったら即逃げようと、心に決めた。


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