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「生憎の雨だね」

昨日から降り止まない雨に対して、靴を脱ぎながら柊が言う。
鍵を開けたつもりのない玄関の扉が開いた先には、涼と拓巳の姿。

「せーっかく菓子買い込んだのによー」
「まあまあ」

別に食べは出来るんだし、と拓巳が涼をなだめる。
どうやら涼が持っていた妙にでかいビニール袋の中身はお菓子っぽい。
結構大きい袋ががさりと揺れる、色とりどりのパッケージがちらちら覗いた。

此処から別のところへ、なんて展開は無いんだろうなあとため息をつく。
完全に柊は家に上がってきたし、続く涼も遠慮がない。
拓巳が申し訳程度に見てくるだけ、見習えよと思った。

「なんで俺んちなんだよ」
「一番来なさそうだからだよ」

柊に即答された言葉に、思わずうっと詰まった。
前もって言ってくれていれば多少は、と考えて、やっぱり行かなかったかもしれないに落ち着く。
一昨日の仕事の分をまだ寝てない所為で、ちょっと何をするにも面倒という言葉が出てきてしまう。

「ね」

奥へ行きながら振り返った目線。
図星だったことが気まずくて、それから逃げた。
思考がバレバレだと言われているようで、少し悔しい。


「おら。お前も手伝えってー」


上手く言い返せずに居たところへ、がさっとレジ袋が目の前に。
退けようと手を向かわせると同時にそれが離されて、慌てて掴んだら箱の角が手のひらに当たった。

いて、と地味に痛む箱の角をずらして持ち直す。
結構入っているような大きさ、がさりと揺れて開いた袋の中身を好奇心で覗いた。
見えている範囲では、わさび味のお徳用ポテトチップス、クッキー、じゃがりこ。
この袋だけで4人分だと言われても、納得は出来る量が入っている。

けれど、これを渡して、ずかずか人の家に入っていく本人の手にはあと2袋。
1つは明らかにジュースだとわかるけど、もう一つはまた別の味のお徳用ポテトチップスが見えている。
手前に入っていった柊の手にも、小さいけどレジ袋があったような、一体何人分を買い込んできたんだろう。



それにしても、勝手に合鍵作ってる涼は遠慮を覚えればいいのに。
今もまるで自分の家のようにしているのを見ると、そう思わずにはいられない。
鍵増やすことを考えた時期もあったけれど、チェーン以外大した意味が無かった。
無駄に金もかかってしまうしで、結局やめてしまった。


「連絡入れた方が良いとは思ってたんだが、」


扉を閉める拓巳が、申し訳なさそうに声を出す。
そのまま謝りだしそうな、しぼんでいく声色。

「いいよ、今日空いてたし」

その声を、わざと遮った。
多分、きっと涼が大体の発案者だ、拓巳が謝る理由は無い。

全然連絡がなかったでもないしと思い返す。
昨日の連絡が連絡と呼べるものなのかどうかは、疑問だけれど。
明日空けとけ、だけ書かれたメール、でも一応は何かあることはそれでわかっていた。


それに入る用事って言っても、自分の携帯のスケジュールを目の裏に浮かべる。
全体的に、俺の予定なんて仕事か遊ぶかくらい、空いてる日の方が多い。
たまに家賃の振込とか電気代とか、そんな用事がたまに入ってくる程度。

予定、で思い出した憂鬱、最近、仕事の方が全然入ってこない。
仕事自体がないわけじゃなく、自分のところに来ていないだけ。
多数に向けてのものはあるけど、あまりそれから引き受けようとは思わない。
多数に向けている所為で細かくは書いていないし、良い条件のものも少ない。


「海?」


足が止まった俺の表情を伺うように、拓巳が覗き込んだ。
困っている、というのが顔一面に出ている。

「大丈夫だって」

苦笑いになった自覚はあった。
でも考えていたことは、多分拓巳が心配したようなことじゃない。
今月がこのまま来ないままなら、そこから取らないとと思っていただけ。
相変わらず身につけられていないポーカーフェイスに、呼吸に見せかけたため息をついた。


「拓も海も早く来いってー。お花見すっぞー」


居間の扉を開いたら、適当に広げられてるお菓子が目に入る。
折りたたみ式の机の位置も、ちょうどいい場所に変えられていた。

「花ないのにお花見って、」
「気分だけでもほら」

小声で言ったつもりだったが、柊には聞こえたらしい。
乱雑に置かれたお菓子を指差されて、その中にちらほら見える桜仕様。


「いつも集まってるときと一緒だろ」


ちょっと広げられた菓子が多めだけれど。
思わず顔に出てしまう笑いを、片手で隠した。

いつも何かしらで集まる時には、こうして菓子類を持ち寄る。
それよりちょっとジュースやら大袋のポテトチップスが多いくらいの違い。
それ以外、中でやる花見なんて、結局いつもの集まりと大して変わらない。

相変わらず準備の段階でうるさくて、近くの部屋から苦情が来ないかが心配になる様子。
今まで大家さんに注意を受けたことは無いから、大丈夫だろうとは思うけれど。
下の部屋にまだ人は入っていないはず、と郵便受けの並びを頭に浮かべた。


「ってか、ポテチおおい」


全体的に見ると、圧倒的にポテトチップスが多い。
ちなみに俺が持っている袋の中にも、まだ入っている。

「甘いのお前食べれねーだろうが」

そう言って涼が開けているのは、ファミリーパックのチョコだったけれど。
別に、甘いものが苦手なだけで、食べられないというほどというわけじゃない。
ただ、その開ける様子に思わずチョコの匂いを思い出して、うっとはなったが。

「海はチョコ、嫌いだもんね」

俺の表情を読み取ってなのか、柊が苦く笑う。
ちゃっかりその口には、さっき開けたばかりのチョコを一個入っていた。

チョコが好きなんだろうかと、その様子に浮かぶ疑問。
柊がお菓子を食べているのを、あまり見たことがない。
けれどたまに、で食べているのはいつもチョコだ。

それにしてもこの量は、また長く居座られるのかと軽く頭が痛くなった。
毎度毎度、こうして集まると菓子類がなくなるまで居座るのがいつものこと。
何かしら予定があると解散はあるけど、結局、俺も長々居たりするしとこの前涼の家で騒いだことを思い出した。


「海」


ふと台所から呼ばれて、顔を上げる。
拓巳が小さく右手を動かして呼ぶ、何かと座った足をもう一度立てた。

「悪い、使っていいコップって、」
「勝手に使っていーって拓!」
「なんでお前が答えるんだよ!」

ポテトチップスを片っ端から開けつつ、茶化してきた涼に言い返す。
本気で涼は、此処を自分の家認識しているんじゃないだろうか。


とりあえず呼ばれた拓巳のところにいって、棚の奥にしまったはずの紙コップを探す。
普通のコップで事足りればいいけれど、4つも普通のコップは持ってない。
主にコップは自分用だけ、他に茶碗や皿が数個だけ入ったの食器棚。

「コップも買ってくれば良かったな」
「いいよ、前に置いてったのがあるはず」

探す様子を見て拓巳が呟いたのに、問題ないと返事をする。
前、確かにこの奥に紙コップを入れたはずなのだけれどと探る。
そんなに物は入れていないはずだから、すぐ見つかると思っていたけど。


「あった」


奥からがさりと、レジ袋で包んでいたものをようやく取り出す。
中を確認すれば、安く買った紙コップの列と紙皿が入っている。
その中からとりあえず、と紙コップを4つ数えて、列を袋に仕舞う。
そのときに一緒に入っている紙皿が目に留まった。

今回使いそうなものあったっけ。
そう思いながら後ろを振り返る、あるとすればポテトチップスくらいだろうか。
迷いながらレジ袋の方へ振り返る途中、横を見れば、拓巳も何かを考えている顔。

「使う?」
「そのまま食べて、も…?」

自信なさげな声に簡単に頷いて、紙皿は取り出さずに棚の奥へ返した。
そんなにぼろぼろするようなものもなかったはずだし、大丈夫だろう。

掃除機かければある程度何とかなる、なんて楽観視した。
こんな唐突に来るのは割とあることで、もう対処に慣れた。

虫が出なければいいか程度の考え、幸い、まだ虫の姿は見たことが無い。
別に出ても殺虫剤があるから大丈夫だけど、出来ればこれからも見たくはない。

「拓巳は甘い物とか大丈夫なんだっけ」
「えっ、ああ」

間の抜けた声と驚いた表情の後に、いつも通りの拓巳は頷いた。
手前の一音がいつもの声より上がって、聞き慣れない所為か耳に残る。
笑ってしまいそうなのを、慌ててコップを持った手で、出来るだけ自然に口を隠した。

自分もたまに変な声が出てしまうけど、他人の声を聞くのはなかなか無い。
笑われると嫌だということは知ってる、さんざん笑われた記憶はこびりついている。
けれどこうして聞いてしまうと、新鮮だと思う傍ら、確かにこれは面白いなあなんて思ってしまった。

「海?」
「いや、」

聞き慣れない音程。
しばらく拓巳を見たら思い出して、笑ってしまいそうな予感がしてしまう。
そんな失礼になりそうなことを思いながら立ち上がれば、ばきりと膝が鳴った。

「苦手なものは作らない方が良いと思って。大体は食べれる」
「いいなそれ」

たのしそうだ。
口に出せば、そうかなと拓巳も笑った。

体が駄目というわけじゃないけれど、何かを食べて苦手意識が出るのはちょっと損なように思う。
何を口に入れても美味しいと感じれるなら、きっと同じものを食べても俺よりずっとたくさんの味を知っていそうできっと楽しい。


ひとまず、コップをどうしようかとペットボトルを探す。
いつもなら適当に机において各自で入れるけれど、今日はスペースが無い。
余った菓子を退けるにも、涼が大体開けてしまってて取っておくことも出来ない。
少しは考えてやれば良いのに、机の上に積み上げている背中を思わず蹴りたくなった。

適当に机の上に広がった菓子を崩さないようにどけて、適当に作ったスペースにコップをばらけさせる。
そこへ柊が2Lが2本入ったレジ袋を持ってきてくれた。

「二人とも、炭酸? オレンジ?」
「炭酸」
「オレンジで」

涼は炭酸で良いよね、と意見を聞く様子も無く、コップ2つ分が炭酸で満たされる。
残り2つにはオレンジジュースの黄色、果実100%と書かれたよくみるパッケージ。


「おーコップー」
「持っていく」


あらかたの菓子袋を開け終わった涼が机の縦の角から言う。
そんなに広い机でもないから距離があるわけでもない、きっと立つのが面倒なんだろう。
代わりに拓巳が立ち上がって、置かれていた炭酸の紙コップと自分用のオレンジを持って立ち上がった。

「取りに来させれば良いのに。ありがとう」

あきれたように息を吐いた柊が、もう片方の炭酸を俺に渡す。
ぱち、と中ではじけていく気泡にのせられた炭酸が手についた。
その水滴を舐めて、そのまま中身を飲もうと傾けた手は、柊に止められた。

「まだ飲まない」
「あ」

せめてね、そう笑う柊に癖だと弁解しつつ、コップを机に戻す。
持っているとまた口に運んでしまいそうな気がした。
菓子に手が伸びてもいけないとなって、膝の上に固定する。

そんなに力まなくてもという風に柊が笑った気がしたけれど、横目で見たときには何も言わなかった。
気分だけでも一緒にした方がほら、と言葉が続く、視線はバランスを崩しそうな菓子の袋。
短くそれに返事だけした。


涼がこっちを見ていたから、はやく、と声には出さずに急かす。
それを見て拓巳が、涼へ視線を改めて送るのを視界の端で見送った。
前に菓子の山、開け始めた時からあった匂いで、早く食べたくて仕方ない。

「せーかすなってーの。ちゃんとタイミングが、」
「どうでもいいから腹へってんだよ」

丁度、小腹が空いて、飯どうしようっていうところに来られていた。
準備にそう時間がかかるわけでもなく、ウィダーを飲む暇もなかった。
そこにこうして目の前にあったら、誰でも早く食べたいと思うだろうに。

「知るか」
「別に食べててよかったのに」

同時に入ってくる2人の声を適当に流す。
思い返せば、柊がチョコを食べているのも見たことも思い出した。
でも食べる暇もそうなかったし、あの中食べれるとは思わなかったから別にいい。

「じゃー、はい、コップもってー」

涼の声に従って、コップを持ち上げた。

こうして涼がかけ声をしているのを見ると、行事後の打ち上げが頭に過る。
大体いつでもそういう役回りに居るし、多分好きなんだろうとも思う。
昔から盛り上げる側によくいた、そう軽く上だけを取って回想を終えた。


「おはなみかんぱーい」


中央に自分のコップをのばして、紙コップのぶつかる酷く軽い音。
ドラマみたいに此処でガラスのいい音が鳴れば、まだカッコはついただろうに。
中で液体が揺れる振動を感じながら、ようやく口の中に炭酸を流し込んだ、じわじわ痛みが口に走った。

目の前にあるコンソメ味に手を伸ばして、大きめのものを2、3枚まとめて取った。
それらを一気に口へ入れれば、ぐしゃりと口の中で気持ちよく崩れる。
ところどころ口の中にその破片が刺さって、でも最終的に喉の奥へ。
軽いこの感触は美味しい。


「メインの桜も、晴れたら4人で見に行きてーな」


口の中に物が詰め込まれた状態での声は聞き取りづらかったけれど、なんとか耳に言葉として入ってくる。
どうせ行くくせにな、と思いながら下に埋まっていた、桜色の梱包をされたポテトチップスをかじった。
何の味かはわからないまま、口の中で粉々になって食道を通っていく。

早く晴れれば良いのに。
窓から見た雨雲は、少しだけ薄くなっていた。


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