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第二章第零話 さい は なげられた



突然、目の前が暗くなって、赤くなった。
ぴしゃり、と顔に暖かい液体が当たる。

「海、」

苦し気な声が耳に届いた。
頭の上からの呼び声は、微かに擦れている。
思わず見上げると、抱きしめてくれていた母さんと目があった。

「にげて、海」

苦しそうに、母さんが言う。
言った後すぐに母さんが咳き込み、口からは血が溢れた。
母さんが膝をついて、何度も、咳き込むのを見下ろしてしまう。

母さんは、胸から下が赤くなっていた。
服にも靴にも地面にも赤いものが塗り広がっていく。

「かあさん?」

よく見れば、母さんの胸に何かがあった。
胸の中央から、鋭く何かが突き出ている。

「早く、はしって」

さっきまで抱きしめてくれていた手が、俺の体を押し返す。
いつもよりずっとずっと少ない力で、押される。

「かあさん、どうしたの」

その手を避けて、地面に座った母さんの前にしゃがむ。
ひゅー、と変な音が聞こえて、母さんは胸を押さえている。
押さえた手の間から、どんどんと、赤い血が流れ出る。

ちゃり。
金属の音が聞こえた。


「海、にげて、生き…っ」


言いかけて、母さんはいきなり横に倒れた。
倒れた母さんの後ろには背の高い黒色がいた。
羽織っているコートから靴まで、真っ黒な人。

立っていた人は、手に持っていたものを何かへ収める。
そして、口からふわりと白い煙を吐き出した。
つん、と嗅ぎなれない匂いが鼻についた。

「あ……」

にげてと言われたけれど、体はうまく動かない。
今の異常さが、俺の思考を奪っている。
無意識が、警鐘を鳴らしているのに。

黒い人が、俺を見下ろして笑った。
もう一度、細長い何かを取り出す。
引き抜かれたそこには、鋭い刃があった。
端は赤くて茶色くて、これはさっき暖かかったものと同じ?

切っ先がまっすぐと俺を向いた。
まっすぐ伸びた刃が、眼前にある。
よく見ると刃には細かな傷があり、場違いにキラキラと光った。

「逃げない、ねぇ」

突然、眼前に迫った刃は下げられた。
黒い人はそれを、元どおりに仕舞う。
けれど代わりのように、男の手が伸びる。

「!」

息が止まる。
黒い人に別の姿が重なる。
明確な恐怖が体を覆った。


「条件をやろう」


きっとこれが、すべての はじまり 。


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