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自転車に乗って、隣の黒町を目指す。
解散時間は、あれからもう思い出せなかった。
恐らくまだだと思う、思い出せない以上その勘に賭けるしかない。


そろそろ黒町に入るあたりだった。
聞いていた情報の場所は近いはずだ。
人通りの少ない通りで、黒い車を探せばおそらくそれだ。
時間がわからない以上場当たり的な考えだが、それしか方法がない。

裏道を奥に向かって走る。
そうすると、少し前で停車している黒い車。
急ブレーキをかけておかしな音を立てるわけにも行かず、通り過ぎる前に方向転換。
途中にあった後ろの曲がり道で止まった、自転車を降りて少しだけ顔を出して前を見る。


「では、此処で」
「どうぞお気をつけて」


出てくる人影は横峰だろう、僅かに聞こえる声は聞き覚えがある。
ただ声だけが聞こえるだけで会話までは聞き取れない、これ以上近くにいくことも難しい。
仕方なく会話を聞くことは諦めた、どうせ横峰は此処で降りるのだろう、それだけで良い。

周りへ視線を移す、絶対に目に入るコンクリートの壁。
人の気配も人の声もしない、来るような様子もない。
此処まで奥に入る物好きがいないことに期待する。


不意に遠くから響いた車の音、大きな低い音。
恐らく工事用か何かのトラックだろうと思った、最近この近くで工事があったと思い出す。
此処でなら大丈夫だろうと踏む、横峰が一人になった時に、と気持ちを切り替える。

自転車のカゴに入れていた袋を取れば、りん、とベルに引っかかって小さく音がなった。
チェーン式の鍵をかけて見えにくい位置に隠す。

自転車を動かしている最中に車が走り去る音がする。
少し覗く、横峰は車の走り去っただろう方向を見ているようだった。

車が完全に姿を消すと一人で奥に歩いていく。
手元には見える限りは何も持っていない?

やや違和感があったが、特に依頼の遂行に問題はない。
見失わないように、音を立てず後ろへとついた。


横峰がジグザグに進む道は、元の場所まで戻ることに不安すら感じる。
人をまくためではなく、あくまで周囲を警戒した習慣であればいいと思う。
横峰を観察しても気付いた様子は見えなかったように思う、大丈夫だ。

こうして疑う間にも、段々と奥に入っていく。
随分と入り込んで、どの辺りにいるのか怪しい。
土地勘が全くあてにならないところまで来ている。

まるで誘い込まれて、いるような。

「……」

もしかして初めから、気づかれている?
ふと浮かんだ仮定に、進む足を止めた。
距離を取ろうと思い、歩く速度を落とす。

「いるかい?」

横峰の声が狭い道に響いて、近くの角へ隠れる。
取引相手にでも言ってるのか、様子を見すぎたか。

一人でないなら殺せない。
複数であれば面倒なのに、小さく下唇を噛んだ。
警戒しすぎた。


「レンヤくん」


理解出来ない一瞬、呼ばれた名前の主は俺、何故、いつの間に。
一気にたくさんのことが頭に入る、考えきれない、一度深く息を吸い込む。

バレていた、それだけのこと。
どことなく情けない、バレたこともそうだが、バレたことにも気付かなかったことが。
今度からはもっと注意しようと決める、今は反省する時じゃないと気持ちを切り替える。

「出て来ない気かね?」

出るか迷った、出ると余計に面倒になると知っていた。
けれど相手はもう俺に気付いている、どうせ隠れたって無駄だと思える。
不用心に出るわけにはいかないと踏み出そうとした足を止めた。


「いつ出て来ようと結局は同じだというのに」


ぞっとした。

すぐに悪寒は引いた、それでも心に残る恐怖。
同じだと感じる、違いがあるのかは知らないけれど。
学校で感じたものだと思う証拠も何もない、ただの思い過ごしでも片付けられる、不確かな感覚。

震えを片手で押さえ、怖いだけの気持ちを鎮める。
持っていた刀袋から刀を取り出して鞘から抜けば、緊張感が体に満ちる。


角から横峰を見る、見えたのは二人。
片方は横峰だが、その隣にさっきまでなかった人影。
もう出た方がいいんだろう、壁にもたれかかって深呼吸を繰り返す。
隠れたままだと相手の動きもわからないし、警戒のしようもなかった。


ゆっくりと目の前に集中しながら、角を出る。
横峰の立つ道に出れば、眩しい光が俺を照らす。

それがぱっと消えて元の暗闇が戻る。
懐中電灯だったのだろう、直に光を見た目はくらんで、しばらく相手を認識出来ない。

「青い目。情報通りか」

慣れた目を凝らさずともわかる笑いを含んだ言葉、浮かべた笑顔。
安易にそれを想像出来て嫌悪感、視界からの情報を得たくなくて視線を隣へと逸らす。

ほとんど黒色が占める人物、恐らく影だろう、人だとわかるのに情報が入らない。
フードを被った状態の彼、光の少ない此処で見えるわけがないので、顔は諦めた。
今見える限りだとわかることは身長、横峰よりは若干低いそれ、横峰の身長が思い出せずいまいち推測が出来ない。

そんな風に観察していると、影が一歩だけ前へと踏み出す。
身構えるように片手に持っていた刀へ、左手を這わせる。


「初めまして、で、良いかな」


聞こえてきた声、昨日のような変声器越しでない生声。
恐らく影本人の声だとわかるのに、頭がそれを拒絶する。
違うと頭が叫んだ、これはきっと何かの間違いだと願いながら。

「この姿で自己紹介は、初めてだろ?」

影がフードを脱ぐ動作に入る、相変わらず俺に告げる声は変わらない。
きっと此処で再び別の者に声が変われば、安堵するのだろうけれど、一向に変わる様子は見せない。

変声器でも使っているんだと勝手に頭が思い込む、この声を俺は知っていたから。
だからこそ違うのだと自らに言い聞かせる、これは相手の仕組んだものだと言い訳の羅列を重ねた。
そんなはずがない、ありえないとして、ありえなくはない事実をかたくなに頭の中で否定していく。
確かに一致する事実を頭から消し去ろうとする。


違っていて欲しいと理由を考える度に、思い出す都合の良い事実。
違うと心の中で一度唱えた、それでも視線を下げる前に見たフードの下で見えた顔さえ同じ。

藤川 柊のもの。


「真似、だろ」


絞り出した答え、きっとそうだ調べて、そう調べられたんだと頭は落ち着く。
そこまでして騙すのなら答えないことも、頭からは吹き飛んでいた。
ただ認めたくない一心で、頭の中にあるあらゆる可能性を絞り出す。

「違うよ」

しかしそんな苦労も知らずに、あっけなく返された否定。
認めるしかない事実を突きつけられて、頭はまだ拒否を示す。

俯いた顔を上げて改めて見る影の顔、数時間前まで一緒にいた柊の顔。
あまり低くない声も、色素の薄い長い髪も、暗い中でもちゃんと認識出来た。
深く息を吸い込んで、認めることに対する抵抗はもうやめなければいけない。


けれど柊が影だとすれば浮かぶ疑問。
鉄骨が落ちてくる時に怪我をしてもおかしくない場所に居たはずだと思い出す。

俺の腕を掴む人もいたはずだ、だから俺はそいつを影だと思った。
そう考えると柊ではない可能性だってあるはずだと、無理矢理な結論をつける。

「でも、鉄骨が落ちた時に、」
「あれはオレ以外がしたこと」

言葉は途中で無理矢理切られた。
僅かに下へ落とされた視線、少しだけ見えていた表情が見えなくなる。
暗い中で髪の影で隠れてしまった表情を想像することは、何故か出来ない。

「ごめんね、怖がらせて」

どうして、謝られるのかがわからなかった。
敵として前にいるのだと、そう言ったのに。


「もう手を出さないようにちゃんと、言ったからさ」


安心していいよ、こっちを向いてはっきりと見えた笑う顔。
汗が吹き出る、乾いていた掌が湿る、目を見ることは出来なかった。
とても怖かった、笑っていることがそれを余計に助長していた。

「キトウ」
「ごめん、そんなに話せないみたいだ」

声で改めて状況を思い出す、手のひらにある汗を上着に拭きつけた。
汗を拭った手で柄をしっかりと握る、これを離せば終わりだと言い聞かせた。

思考を切り替えろと前を見据えた、最後の覚悟、柊の顔を睨む。
柊はただ立って俺を見ている、浮かんでしまう少しの抵抗を鎮めた。
仕事なんだ、呪文のように頭で唱える、忘れるな、切り替えを促す言葉。

殺さなければ殺される。


「オレから行った方がいいのかな」


その声が始まり。

間合いを詰められるわけにはいかない、相手の武器がわからないなら尚更。
さっき立っている時にはもう持っていたと思い出す、いつの間にとおかしな感心。
前に降り出された右手にある刃の長い刀、恐らく武器はこれだろう。

下がりかけた足を出来るだけ遠くへ伸ばす、かなり下がらないと届いてしまう。
上手く下がれずにバランスを崩す、それを持ちこたえながらまた後ろに下がった。
下手に斬りつければこっちが斬られてしまう、刀を移動しやすく持ち替えた。

「…ッ!!」

出来るだけ、それでも結構下がったはずなのに間合いはすぐに詰められる。
足を刺されることは免れた、けれど擦ったのか切られたのかどちらかの痛み。
切られた部分周辺が濡れる、血が出ているんだろう、そうわかっても今はどうしようもない。
一旦後ろに下がることをやめて刀を前に向ける、この足で逃げたってどうせ逃げられない。


柊は今日と同じように笑う。
至近距離のそれに思わず刀の手から力が抜ける。
伸びてくる左手、右手だけで柄を握って外へ走らせた、すぐに目の前から消える手。
距離を空けたそこに立つ人、すぐに視界から消すように、とりあえず角に向かって走る。

逃げることが無駄だとわかっている、相手の方が全然足が早い。
ずきりと痛む足、たまについていかない足、けれど今はこれでも逃げるしかなかった。
止まって正面から向き合って、さっき取ろうとしたその行動は一瞬で危険だと理解させられた。
どうすればいいと考える、足が重く感じ始めた、まだ駄目だと歯を食いしばる。

「逃げてばかりじゃダメだよ」

隣に追いつく相手、何か無いかと左手だけでポケットを探る。
入れていた折りたたみナイフを苦戦しながらも弾いて開いた。

「知ってる!」

それを投げた、何でも無いように避ける、その瞬間に足を踏ん張って後ろへ向き返り、斬り掛かった。
それも寸での所で避けられる、恐らく擦ってもいない、次の手を考える。


「がは…っ!」


腹部に激痛、すぐに背中からの衝撃、胃の中のものが逆流しそうになるのを耐える。
頭がくらくらする、酷く気持ち悪い、冷や汗が額に浮かぶ、大きく息を吸った。
段々と落ち着く思考、ゆっくりと息を整える、やけに近い存在に今は気付かないフリをした。

喉の奥まで競り上がって来ていた胃液が落ち着く、気持ち悪い感覚も消えた。
そこでやっと支える腕を頭へ伝えた、誰の腕かは簡単にわかる。
しかし理由だけはさっぱりわからない、一度深呼吸して声を出す準備。

「柊?」

見上げれば目が合う、足がじわりと生暖かい血の感覚。
しっかり刀を持つ右手は押さえられている、ピンチなんだろうかとぼんやり思う。

「大丈夫?」

覗き込まれる、それに一度頷いて返す。
完全に壁に押さえつけられた状態、左手はまだ自由だった。
ぼやける頭の横で考える、この状況からどうやれば有利に、まではいかなくとも抜けられるか。

「あ、吐かないでね?」
「いや、吐かないけど」

状況にそぐわない会話、それに少し気が抜ける。
無意識に今までの状況を拒否した、これは何かの、そこまで思って足の痛みが連れ戻す。
けれどあまりにも昼間の会話のような柊の調子、力が完全に抜けきりそうになる。

そんな中で思い出す昨日のこと。
朧げな記憶を必死に起こした。

「何で、俺の部屋、来てたんだ?」

口から出る言葉、それだけで不十分かとも思ったけれど大丈夫だろうと放棄する。
続きを言うことが酷く面倒だった、わからないなら聞かなくても良いかとさえ思えて来た。
柊は少し考えるような仕草を見せて、俺を見て苦笑する。

「秘密、かな」

目が泳いでつまりながらの言葉、秘密、何でだろうと疑問に思う。
言い辛いようなことなのだろうかと思って浮かんだ一つの可能性、まさか目的無しに。
すぐにその考えを消す、そんなこと無いと否定、考えついたことは考えないことに決める。
それでも消しきれない行き着いた答え、やっぱりまだ弱いのかと項垂れる。

努力や練習もしていないから仕方ない、むしろショックを受けることはお門違いなことはわかる。
それでも少しだけ悲しくなる、何気なく匂わされることで気にされていると知ってそれが増す。
剣道みたいな部活でもで習った方がいいんだろうかと思う、でもそれだと時間が減ると却下した。
けれどどれかで妥協しない限りは強くなれないとわかっていた。

「何沈んでるの」

不思議そうに聞かれる、それを適当に誤摩化した。
考え全てを言った所で相手に気を使わせると思ったと綺麗事、その裏で自分がもっと虚しくなることが嫌だった。
暗い思考を切り替えようと思った、話題を変えるべきだと他のことを思い出す、不自然でない話題を記憶から探す。

「昨日の…、首のは?」

首に触れた舌の感触を思い出して背中がぞわりとする。
出来ればもう感じたくない感触、どう努力すればそれを回避出来るのかは知らない。
悩むように上に上げていた視線を柊が降ろした、困ったような表情が酷く印象的だ。

「それは自分で考えないと、さ?」

苦笑い、俺はよく柊にこの表情をさせてしまう。
でも、そんなこと言われても俺自身も困ってしまう。
嫌がらせとしか思えないことを考えろと言われても、他の答えが出ない。

ああそうか、これは嫌がらせかと納得した。
それならば考えていきつかないと意味がないと納得する。
だからと言って、わざわざ人に見える所にしなくてもいいのに、誤解されて困るのはそっちだ、とごちた。


そこまで考えて改めて柊が俺の部屋に来ていたんだろうと疑問に思う。
嫌がらせで来るほどお茶目な人にも見えなかったのに、人は見かけで判断出来ないものだと感じた。
とにかくこの人が優しいかどうかは一時保留、今はこの押さえつけられた状態を何とかするべきだろう。

唯一自由な左手でポケットの中を探る。
ズボンの中には奥底に固まったほこりだけ、使えるんだろうかと思いながらもまとめてみる。
どうせこれしかないんだと覚悟を決める、しっかりと手の中に握りすぎないように握って。


「!」


手をポケットから抜き出す前に柊が離れた。
また折り畳みナイフか何かだと思ったんだろう。

「よっしゃ!!」

投げようとした埃は投げないまま、下に落とす。
素早く壁沿いに横にそれて、初めよりも離れた距離を保った。

けれど離れたからといって油断は出来ない、自分だって攻撃出来ない距離でもある。
またこっちに向かって走って来た柊の腹部に、出来る限りの力を込めて蹴りをいれる。
何とか当たるには当たったらしいけれど、当たった感触は軽い。


「づッ」


左肩に痛みが走る、がくんと足が一瞬よろける。
一旦止まって状況を整理する、乱れた息だけでも落ち着かせたい。
蹴り飛ばしたはずの先を見れば、蹴り飛ばしたはずの姿は前にない。
後ろだろうかと思うけれど振り返ることを億劫に感じた。


これで影を殺すのは無理だと、曖昧だったものをはっきりと悟る。
友達云々も最初はあった、でもそれを抜きにしたって実力の差がありすぎた。

さっき斬られたのが右肩でなくて良かったと思う。
利き腕をやられてしまえば、影でなくとも満足に戦えなかっただろうから。
左腕もそこまで酷い傷ではない、まだ使えると痛む左手を右に持った手に再び添えた。


寄り添っていた壁から離れる、持てる限りの力で地面を蹴る。
ずきりと痛む足、今は痛みを絶えて全速力で走る、もう最後だと体に伝える。
最後だから耐えるんだ、俺。


「ッ!」


壁に寄りかかって眺めていた横峰が走る俺に気づく、握っていた刀を前へ。
何故だとでも言うように大きく開かれた目、完全な油断からの対処は遅い。
きっと大丈夫だと自分を信じた。

顔面を防ごうとした腕の下に飛び込んで、そのまま腹部めがけて突き刺した。
ガキ、と堅い音と同時に手への振動、刀が横峰を通って壁に当たったんだろう。
刃が欠けてないだろうかと一瞬の不安がよぎった。

「が、あ…ッ」

顔に熱い血がかかった、どろりと下へ落下するそれ。
嫌な匂いが大量に広がる、感触温度音、不快な全て。

思い返せば、俺が影と戦う理由なんてものは初めからなかった。
向こうにはあるかもしれないが、俺の対象はあくまで横峰だけ。
対峙するからと言って、必ず勝たなければいけない相手ではないのだ。
どこまでも強い影よりも、影に比べれば遥かに隙が多い横峰だけを狙うだけで良かったんだ。

「…ッ」

軽い舌打ちの音、きっと予想されていた行動ではなかったんだろう。
今まで気付かなかった自分にため息が出る、無駄な傷を負ってしまった。
ゴポ、と泡立つ音が聞こえる、恐らく血だという推測、カチンという金属音。

「レンッ!」

切羽詰まったような声。
振り返る間もなく、声が何を指すかも理解する前に、


「づあああっ!」


激痛、脇腹の位置、どくりどくりと血がそこへ集中するような錯覚。
今日で一番の酷い痛みな気がする、心臓が嫌に早く動き出し始めた。

傷に集中すればするほど痛みが明確になる、誰がやったと考えを反らせる。
影がやったなら俺を呼ぶはずがないだろう、傷を完全に忘れられるほどの考えにはならない。
此処には俺以外二人しかいない、片方が違うならばもう片方でしかない。

「…の、野郎ッ!」

段々と奥へ奥へと食い込む感触、血が流れて傷周辺がとても熱い。
横峰から何とか離れる為に後ろへ下がろうと足を動かして、後ろへと下がる。
ただ向こうはそのことを悟って右腕を掴まれた、それを振り払おうともがいて傷が広がった痛み。
墓穴を掘ったと後悔した、何だかじくじくして力が抜けてしまう。

それにしても俺だって刺しているはずなのに、どうしてこんなにまだ力があるんだろうか。
貫通しているはずだ、俺と同じように力が抜けてもいいはず。

「いい、道連れだ」

苦し紛れな声、声だけはもう力を感じない。
反対に食い込む刃物はどんどん俺へと無遠慮に入り込んでくる。
このままでは、相手の言う通りに道連れにされてしまう、死んでしまう。

頭がそれを理解した瞬間に心が叫びだす。
まだ死ぬわけにはいかない、どうしてもやる必要があるものがある。
鉄骨とは違う、明らかな死はここにまだないはずだ!

「死ぬ予定は、」

突き刺していた刃先を上へと回す、ぎぎぎと嫌な音を立てて壁を抉る刀。
酷く重い刀、回す同時に低く呻く声が上から響く。
ゆっくりと息を吸って、刀を力強く握り締めた。


「ここじゃねえんだよッ!」


力一杯叫ぶと同時に、刀を上に押し上げる。
回すよりも重さを増した刀、吐き出すような叫び声。
自分の背よりも高く高く、腕を押し上げて横峰の命を絶つ為に、高く。

あまり上がらない辺りで手に力が入らなくなった、食い込み押し進んでいた痛みは止んだ。
それでもまだ息はあって、ずん、と先ほどより重みのかかる刀を最後の力を振り絞って、引き上げた。


そしてしばらく、もしかすれば少しの間かもしれない時間が、停止した。
目の前で溢れていた血が段々と勢いをなくす、次第に止んでいく様をただ見る。
体全体が濡れたように感じていた。


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